69話 道端の宇宙人①

 

翌日は見事な晴天だった。僕は午前中に洗濯などの雑多な事を手早く済ませると、久しく着ていなかったミュージシャンっぽく見えそうな格好に、いくつものKeyのテンホールズハーモニカの入った布バックを小脇に抱え、午後にはいつもとは違う電車に揺られていた。

 

目指したのは昨夜テレビ放送で紹介されていた弾き語りスポットのひとつだった。都合よく会社の寮の最寄り駅からそれほど離れていない駅にあり、それまでは特に意識した事などない場所だった。

駅前の商店街から続くその大通りは、テレビ放送の翌日の休日という事もあってか、すでに多くの弾き語りの人達と、それを目当ての人達が集まり、いくつか出店まで並んでいるほどの盛況ぶりだった。

 

僕はその想像以上の賑わいに圧倒された。前回挑戦した場所もかなりの数の弾き語りの人達が集合していたのだけれど、対して聴く側の人数はあまりにも少なかったので、ぶらりと演奏に参加できそうな気楽さがあった。この盛況ぶりでは、気軽に声を掛けて演奏に加わるという訳にも行かないようだ。

一旦は前回同様、頭の中だけで、一方的に演奏で組んでみたい相手の品定めを始めてはみたのだけれど、その場所の想像以上の混み具合から、自分から声を掛ける事の難しさや、例えセッション演奏が実現した場合でも、演奏の緊張感などのもろもろまでを想像すると、早くもそれだけで臆してしまった。

結果、僕は「観るだけで帰るくらいが、初日としては丁度良い」と結論づけ、あれこれと想像する苦痛から、早々と逃げる事を決めた。

 

見学だけとなると、途端に抱えていたハーモニカ達が軽く感じられて来るものだ。僕は出店のツマミなどを片手に、弾き語りの味比べを気楽に楽しみ始める。

次々と弾き語りの人が目に飛び込んで来る。実際にはテレビでは紹介されていなかった「長渕 剛」や「浜田省吾」といったメジャーなフォーク系のミュージシャンのカバーが多く、ややコスプレ感の漂う範囲の人達の演奏が目立っていた。その中に真面目に自分のオリジナルソングなどを歌う人達も居るのだけれど、カバーの人達よりは伝わりやすさが足りないせいか、明らかに人気が無さそうだった。

観る人が多いおかげで、こちらはその前を通り過ぎるのに気遣いが無くて済む分、今回はかなり気楽でいられる。それでも頭の中では、それぞれの弾き語りの人の演奏に自分のハーモニカを合わせる想像をめぐらせながら通り過ぎる。

実際に音を出していないだけで、かなり現実的なバーチャルシミュレーションをやっているようなものなので、出会いがしらに知らない人といきなりセッション演奏をするようになった時の、実践的な良い勉強になっていた。

 

どれも頭の中の想像演奏なので、さらりと合わせられるような気がして(どんなもんだい)と鼻高々になる自分がいる。

一方で、その光景をやや離れたところから冷静に見ている自分もいた。

確かに先輩や同期が言うように、路上での演奏なんて、大手企業に勤めている人間のやる事ではないような気がして来たりもする。それが普通の感覚なのだ。

まぁ、なんにしても、この日は弾き語りを観るだけと決めたので、色々考えたところで鼓動はドキドキとまではしては来ず、密かにハーモニカを小脇に抱えているただの会社員の休日散歩でしか無かった。

 

そんな中しばらく行くと、10組くらいの弾き語りのゾーンは終わり、結構な大音量の「バンドゾーン」へと様変わりして行った。おのおので発電機を回し、道端とは思えないようなライブハウスばりのステージを繰り広げている。

かつての渋谷駅のハチ公前でのセッションが同じような発電システムでやっていたので、それを思い出した僕は、そこで存分に響かせていた記憶の中のエレクトリックハーモニカの分厚いサウンドに酔いしれる。

 

いくつかのエレクトリックバンドを観て行く。流石に大音量なので、かなりバンド同士が離れて演奏していても境目の場所ではその音が混じり合ってしまい、なんとも落ち着かない空間が生まれてしまう。勝手にラジカセを大音量で鳴らしながら共存する、海の家のような不快さだ。

音量があるだけに興味の有る無しは瞬時に決まるもので、僕は弾き語りのゾーンより足早に通り過ぎていた。

 

しばらく進み、その中の一組のバンドの前で僕は足を止めた。ボーカル&ギター、ベース、ドラムに加え、パーカッションが入っているところがひとつの個性となっているバンドで、全員ダラリとしたブカブカのシャツに短パン姿の、開放感に満ちたファッションで統一されていた。

そのバンドが演奏していたのは泥臭いロックで、ブルースではないものの、割と僕が好きな感じの音楽だった。その演奏に惹かれ、向かいに並んだガードレールに寄り掛かり、それを眺める人混みに紛れようとする。そうするやいなや、スタッフらしい女性が慌ただしく駆け寄り声を掛けて来た。
「○○バンドで~す。よろしくお願いしま~す。興味がおありでしたら、チケット、ご用意できますよ~」

僕も仕事では催事会場などでチラシ配りを経験していたので、今ではその苦労を知っていた。ムゲにはできないものの、軽く会釈はしつつチラシだけは受け取り、視線はそらす。相手も特に気にもせず、すぐに他の人にチラシを配りに動く。

チラシを配る女性の積極的過ぎる動きが災いしてか、そのバンドの周りにはなかなか滞留者が増えてはいかないようだ。そのせいなのか、その通りでは最もクオリティーの高そうなバンドなのに、それに対して聴いているお客さんの数が、他のバンドよりかなり少な目に感じた。

 

そのバンドの宣伝活動はかなり積極的とみえて、演奏場所の横に長い会議テーブルのようなものまで置き、その上には販売用にオリジナルのカセットが山のように積まれていた。

当時はCDがまだ普及し切っておらず、自主制作の音源はまだカセットテープが普通だった。もちろんYouTubeもダウンロードも無い頃なので、宣伝方法はとにかくできるだけメディア効果の見込める都内で実際に観せる事だった。現に僕だってテレビを見て、この場所に来たくらいなのだから、その効果は確かなのだろう。

バンドの演奏の中にレゲエのような気だるくゆるいビートが出て来て、聴き慣れない僕にはとても新鮮だった。自分にはそんなリズムでのセッション経験こそ無かったけれど、尊敬するハーモニカ奏者「八木のぶお」さんや「リー・オスカー」などがそういった音楽にハーモニカを重ねているのを聴いてはいたので、頭の中でそれを参考に、ハーモニカのバーチャルセッションを始めてみる。

他にも数人が近くで演奏を聴いてはいたけれど、僕だけは真剣な顔をしていたはずだ。なにせ、ひそかに頭の中ではハーモニカで目の前のバンド演奏に参加をしているのだから。

 

そんな時、いきなり親しげに声を掛けられる。

「お兄さんてさ、ここ、初めての人なんじゃない?」
それは20才くらいの女の子だった。頭にはバンダナを巻き、全体に落書きをしまくったようなひどいデザインのTシャツ姿で、片手におもちゃのような安っぽいタンバリンを持っている。それは絵に書いたようなステレオタイプの「ヒッピー・ファッション」だった。

その女の子はこの場所の常連客のようで「リスナー仲間探し」という、僕とは別の目的を持っていたようだ。

 

彼女は僕に向かって、一方的に忙しくしゃべり続けて来る。

「アタシさ、この場所が好きでさ。なんか、自由じゃん。お兄さんも、自由とか求めてる人?なんか、ビビっと来てさ」
全くの意味不明な存在だった。もともと僕は漫画・アニメヲタクなのである程度は変わり者には慣れていた方だった。友人にも変わり者が多かったし、なにせ職場はその集合体なのだから。それでも僕が慣れていた漫画やアニメのヲタクとはまたちょっと違う、別の分野のようだった。

とにかく、若い女性ではあるのものの、明らかに僕への逆ナンパなどではなさそうで、まるで性別を意識していない年頃のような感じで、積極的に話し掛けて来る。

 

正直言えば、ひとりでただ演奏を聴いているのは独特の気まずさがあるし、またあのチラシ配りのスタッフの人が来るのも面倒ではあった。はた目にも横に誰かがいた方が自然には見えるだろう。けれど、僕は暇なように見えても頭の中では忙しくハーモニカを演奏し、今初めて聴くこのバンドの演奏に合うフレーズを真剣に選んでいるのだから、そう相手はしていられない。

僕は彼女が傷つかないよう気をつけて、しばらく空返事を繰り返し、距離を取り続けていた。

 

つづく

 

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(この配信回で、ブルースの入り口となる「ブルースフレーズ」を解説しています)