詩の学校 ポエムファクトリー

詩の学校 ポエムファクトリー

詩と出版のコーチ 松﨑義行

ありがとうございます!
次回の札幌ポエムファクトリー(ポエトリースクール)は、

第15回 
【夜の部】札幌ポエムファクトリー
◇日 時:2018年12月9日(日)18時~21時
◇場 所:俊カフェ(札幌市中央区南3条西7丁目KAKU IMAGINATION2階)
◇参加費:3000円プラス飲み物代

【昼の部】第16回 札幌ポエムファクトリー 
◇日 時:2018年12月10日(月)13時~16時
◇場 所:札幌市中央区南3条西1丁目1番地
南三西一ビル 6階(北邦学園会議室)

どなたでもご参加いただけます。当日はご自身で書いた作品を1作品、12部持参してください(作品がなくても参加できますが、あったほうがより楽しめます)。
***********************
札幌ポエムファクトリーの詩集
現在、詩集第2弾「振り向けば詩があった」(ポエムピース刊)が絶賛発売中です!お求めは、Amazon、書店、俊カフェなどで。第1弾「愛のカタチは詩の形カタチ」(同刊)もよろしくお願いします。

ご予約はメッセージかメール matsuzakiyoshiyuki@gmail.com で!

テーマ:

ある種の人にとって幸せは劇薬である

 

信じられない人もいるでしょう。

幸せは人生の目的ではないか!

だとしたら、幸せが劇薬だなんて!

毎日幸せを当たり前に感じて生きていけたら

それは劇薬なんていうものではない!

 

確かにそうですが、

天の邪鬼な私にとって幸せはやはり人生の劇薬でした。

 

だって、手に入れたら最後

手放したときの痛みったらないのではないか。

その不安と喪失感に耐えられないのではないか。

それに

日常の幸せを受け取りなんてなんとなくはしたない。

手頃な夢を手に入れて

ロマンあふれる人生をさっさと諦めるような感じする。

 

それに

働かざるもの食うべからず。

贅沢は敵。

 

この身に染み付いたこの国の因習も

幸せをあっさり手に入れ

享受することを否定する。

 

まあそんなわけで

幸せを手に入れることを劇薬だ、麻薬だと

感じる人間がいるのです。

 

そんな私が

幸せは搾取されない

という本(詩集)を

精魂込めて作っています。

 

私は誰かがもっている幸せが

悪い人に奪われないことを願っています。

そう思っている「味方」がいることを知ってもらい

勇気の足しにしていただければと思っています。

 

本は、人気詩人の谷郁雄さんと同時に

「詩の時間シリーズ」として出版します。

 

3年ぶりの本です。

 

なんだかとても贅沢な気分で

この本の誕生を待っています。

 

「ここは花の島」(IBCパブリッシング)のときと同じ

文平銀座の寄藤文平さん、鈴木千佳子さんが詩の舞台(ブックデザイン)を

やってくださいました。

 

ポエムピースから、なんとか年内には出る予定。

著者の校正は終わりました。

 

皆様。ぜひお手にとってくださいね!

 

 

 

 

 

 

☆告知☆

 

次回の札幌ポエムファクトリー(ポエトリースクール)は、

第15回 
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◇日 時:2018年12月9日(日)18時~21時
◇場 所:俊カフェ(札幌市中央区南3条西7丁目KAKU IMAGINATION2階)
◇参加費:3000円プラス飲み物代

【昼の部】第16回 札幌ポエムファクトリー 
◇日 時:2018年12月10日(月)13時~16時
◇場 所:札幌市中央区南3条西1丁目1番地
南三西一ビル 6階(北邦学園会議室)

どなたでもご参加いただけます。当日はご自身で書いた作品を1作品、12部持参してください(作品がなくても参加できますが、あったほうがより楽しめます)。
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テーマ:

感傷的になると

 

 

感傷的になると、詩を書いていた。

中学2年のときだった。

気がつくと詩を書いていた。

感傷的になるたび、いつも詩を書き始めた。

毎日感傷的になったので

毎日詩を書いた。

それはいつもあたりまえのように訪れる時間だった。

感傷的になるのは辛さの味がするので

好きではなかったが

詩が書き上がると辛さは忘れ

満足感が湧いてきた。

日によっては、何かきっかけがあるたびに

感傷的になったものだから

何度もノートを開き

鉛筆で文字を書き入れては消し、消しては書き入れた。

書かれた詩が、どんなものであるか

僕はよくわからなかったが

自分を満足させるものであればよかった。

いままでに見たことがないようなものも書いてみたかったが、

誰かが書いた好きな作品に似ていると、それも嬉しかった。

感傷から生まれた作品が、価値のあるものかどうかは

直感的に測るばかりだった。

自分の中の他者が感嘆して絶賛すれば、それだけでよかったのだが。

 

感傷というものはそのままでは食べられない、ということは

その頃から知っていた。

他人の感傷ほど食えないものはない。

御免こうむりたいものだ。

たとえばそれが、

これから付き合いたい異性であったとしたなら

それをネタに近づくこともできるので

ある意味「おいしい」ともいえるが。

 

おしなべて、他人の感傷というものは

ほぼほぼ、近づきたくないものだ。

感傷というにわか雨を予測していたかのように余裕でかわして

濡れずにすんでいたなら

感傷の雨にずぶ濡れになる人を

優越感を味わいながら見ることもできるだろうが

たいていは水たまりのように避けて通りたいものだ。

 

ところが

中2のころの詩を書き始めたぼくは

その感傷を詩にして

他人が喜ぶと信じていた。

その感傷に共鳴して心が震わされると

感動を覚える、と思い込んでいたのだ。

 

さっき京都の街を歩いていて

急に感傷に襲われた僕は

詩が書きたくなって喫茶店に飛び込んだ。

そして感傷をネタにして詩を書き始めた。

 

書き始めて、ふっと、これでいいのか

誰かに聞いてみたくなった。

もちろん答えてくれる人はいないだろう

たぶんめんどくさい質問に

嫌気が差してしまうだろう。

 

僕は自分で考えることにした。

 

感傷を排せ

と、僕の詩を選んだ田村隆一は

僕の詩を引き合いに出して

「感傷のひとかけらもないじゃないか」と褒めた。

 

ただそのときに

「松崎くんはうまいという点では随一なんだが、伝わってくるものが少ないんだよな。

そのへんを考えてみてくれたまえ」と続けた。

 

僕の詩は感傷からスタートして

感傷を排し

伝わるものが少なくなっているのか。

 

自分に対する問いは続きながら

いつも時間切れで結論は持ち越しになっている。

もうすぐ40年詩を書いていることになるが

書きたいのは感傷ではないのか。

感傷はどう料理してもおいしくならないのか。

感傷が感傷でなくなったとき

なにか残っているのか。

 

もしかしたら

掘っていっても答えは見つからないのかもしれない。

いいかげんに流すとか

答えを求めないとか。

そのほうがいい結果になるのかもしれない。

感傷にとって。

だいじな感傷をまもり育てるため?に。

 

 

 

 

 


テーマ:

札幌に来ています。

 

きょう、俊カフェの主催で「DiVa」という

現代詩を歌うバンドのコンサートがありました。

 

言葉狩りが横行し

モンスターナンチャラが増えつづける現代、

詩は人の本当の姿を突きつけてきます。

 

言葉に遠慮はないのです。

言いたいこと、必要なことを表現するために

傷つく人がいるかもしれません。

 

だからといって

自主規制してしまってばかりでいいのでしょうか。

 

けれども、詩人といえど、市民

表現者といえども、消費生活を享受しています・・

それはそうなのですが。

詩人には詩人の役割があります。

 

大げさに言えば、人類の心の問題、未来に向かう意志を作る

扉を開いてゆくという役割です。

 

詩には「永遠に変わらないようなこと」が書かれているようですが

それを「一瞬の真実」と置き換えて言うこともできます。

また嘘をつくことが

真実につながることもあるのです。

 

詩人は手練手管で

言葉を疑い、操縦し、使いこなし

放り投げ、刷り込み、唱えます。

 

詩人は言葉と懇(ねんご)ろになりがちですが、

詩人はそのことに気づくと言葉に平手打ちを食らわして

立ち去ります。

 

言葉で世界を作ることができる知っている人は

詩のことばを操ろうとするがあまり

反対に操られてしまうことがあるのです。

 

きょう、DiVaのコンサートの歌をきいて思ったのはそんなことです。

DiVaの歌は、私に言いました。

 

「嘘でもいいから本当のことを言ってみな!」

 

なるほど「本当のような嘘」が溢れすぎて

なにがなんだか分からなくなる行き詰った世界。

戻って、勢いつけて、帳(とばり)を打ち破る勇気が必要なんでしょう。

 

 

こちらは本を出したい人のためのメルマガです↓

よろしくおねがいいたします。

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テーマ:

詩がうまくなりたければ、他人に見せるといい

 

そんなセリフを聞いたことがありませんか。

詩に限らず、人前に自分をさらすことは

とても勇気のいることです。

 

その勇気の裏腹にあるのがよく観られたいという自意識です。

 

この自意識というのは

自分を成長させる魔力をもっています。

自分を良くしていく魔力です。

 

この魔力を利用しない手はありません。

 

ただ、だれでもいいから詩を他人に見せれば

この自意識の魔力が働くのでしょうか。

 

もちろんそうではありません。

きちんと評価してくれる人に見せなければ

却って悪い影響を受けてしまうこともあるのです。

 

クリエイティブな活動をする仲間や

共感できる先生などが最もいいでしょう。

 

関心のない人からは疎まれたり

単におべっかを言われてしまうことが多いのです。

友だちなら、関係を保つために

無理やり褒めてくれるかもしれません。

 

他人に見せるときに重要なのは

「こういうつもりで書いたんだけど、伝わる?」

と訊いてみることです。

作品の意図が伝わっているかを訊くことが

一番勉強になります。

 

ポエムファクトリーでは

そういうことに慣れた仲間が大勢集まっています。

そして、お互いの作品について

どうすれば意図がスカッとかっこよく

あるいはじんわり深く伝わるかを論評します。

 

一度来ていただければ

その効能にきっとびっくり、

なにかが持ち帰れるはずです。

 

そして持ち帰ったものは

一生ものとして使えるでしょう!

 

***

 

札幌ポエムファクトリーの詩人たちが

渾身の作品をよりすぐって作品集を出版します。

 

こちらで予約開始いたしました。

ぜひ買ってください ↓

 

 

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テーマ:

短い詩を書きましょう

 

 

短い詩が書けるようになると

自分が体験した(味わった)感動を

将来簡単に再生(追体験)することができます。

心に栄養を与えるサプリの一粒みたいです。

 

 

 

たとえば、好きな人の瞳に海が映っているとします。

静かなやさしい時間が流れ、久しぶりに気持ちよく笑顔になったとします。

これを、短い詩にして、

未来の自分に伝えたいとおもいました。

 

そんなとき

どうやって詩を書いたらいいでしょう。

 

書き方はいろいろありますが、

一番感動したことを

最後に持ってくると

「おち」がついて

まさに、落ち着きます。

 

好きな人の前には自分がいて

顔をみることがうれしくてたまりません。

とうぜん、好きな人の前に回り込んで

顔をよく見ようとします。

 

海を見ている好きな人の視線を

私が遮(さえぎ)ってしまうことに気づきました。

そういえば、いつもそうであることも思い出してきました。

 

一回きりではないことが

関係が継続していることを伝えてくれるでしょう。

永遠、という感じです。

 

「私」は、いつも、そしてこれからも、

あなたの視界を遮るのです。

 

それをもモチーフに書いてみましょう。

 

あなたの瞳の海を いつも遮る私

 

という1行ができました。

 

青い色彩に包まれた2人だけの濃い世界を

表現しました。

 

でも、もちろんこれだけだと

状況がわかりません。

どうしましょう?

 

そこで、「あなたの瞳の海」のことを書くことにします。

 

海の色は空の青を映してる

 

これで、瞳の海のことを描写して

二人がいる状況が表現されました。

青空のもと、海の見える場所にいるのです。

 

合わせてみます

 

海の色は空の青を映してる

あなたの瞳の海を いつも遮る私

 

短い詩が完成しました

 

ポイントとしては

感動の中心(気づきやはっとしかこと、心がが開放されたこと)を

最後にもってくること

 

ぜひためしてみてください。

 

 

私はこのような短い詩を「10秒の詩」と名付けて

書くことを勧めています。

詩の講座なども開催していますので、

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テーマ:

インスタ、やってますか。

 

写真を撮ったら、

撮った写真から詩を発想する

ということを習慣にすると

どんどん詩を書く回路ができてきます。

 

回路ができると

見たものから詩を書くことが容易になってきます。

 

では、その書き方をお伝えしましょう。

 

書き方には幾つかポイントがあります。

 

①写真の説明にならないようにする。

②写真に負けないようにする。

 

写真だけでも、詩だけでも

楽しめるように、という気持ちで取り組みましょう。

 

③写真から連想する

 

たとえば、下の写真から詩を作ってみましょう。

連想とは

過去に体験したことや見たもの聞いたこととの

つながりを手繰(たぐ)る

ということです。

 

下の写真をよく見てみましょう。

中央のお花がくっきりとして周りがボケています。

まるで一部分だけが鮮明な記憶のようですね。

 

花びらが白く、線が細く、可憐です

可憐な存在ではありますが、上を目指し

自分を精一杯主張している強さも感じます。

そんな人と出会ったことはありませんでしかたか。

 

空気は澄んでいて

小さな音も聞こえてきそうです。

夜は闇に包まれ、

虫と話をしているかもしれません

 

いつから咲いているのでしょう。

短い命かもしれませんが、来年もここに咲くのでしょうか。

 

この花が何かを話すとしたら

どんな話でしょう。

とても古い、人が気づかなかったことでしょうか。

昔、海からやってきた風が語った、

白い大きな客船の話かもしれません。

 

 

 

そうやっていろいろ連想してみて

材料を出していきます。

 

④花という言葉(花の名)を使わない

⑤タイトルは最後に決める(タイトルはなくてもいい)

⑥気分を決める

喜怒哀楽、とういことばがありますが

この花を見て

どんな気分を味あわせたいかを決めます。

「澄んでいてちょっとさみしいけど愛を感じる」

など、細かく考えてみましょう。

 

⑦書いてみる

連想した言葉やイメージを使って書いてみます。

短くてもいいので、いくつも書いてみましょう。

没をたくさん作るつもりで。

 

⑧書いたものを読んでみる

このとき、読者の気分で読んでみましょう。

読んでよかった! というおもしろさがあったら、

その詩を完成させてゆきます。

 

⑨⑥の気分に合わせてさらに連想し、リズム感や語感を整えていく。

おもしろい、気の利いた言葉を足してみましょう

 

⑩推敲

できた作品を読者の気分で読んで、手直しをします。

写真だけ、もう一度見てみましょう。

写真がなくなったときとある時、それぞれの見え方の違いを

感じましょう。

 

 

 

山小屋からニール・ヤングの歌が聞こえてくる

だれが聴いているのだろう

誰が歌っているのだろう(ごきげんだが下手くそだ)

 

森の中でなくしてしまった

父の小さな腕時計のことを突然思い出した

ずっと忘れていたのに

 

そのとき

父は怒らなかった

 

時計

探してみよう

大事なものを

もう一度探そう

 

 

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テーマ:

願い事、もっていますか。

 

それは、どんなことですか。

 

もし、神様がいて

願い事を言っていいとしたら

なんといいますか。

 

きっとそこには

短い詩が存在します。

 

七夕の短冊の写真を見ていたら

そんなことに気づきました。

 

なになにがどうなりますように。

というのは

願い事のフォームです。

 

定型詩の原型の一つといってもいいかもしれません。

 

 

願い事には

あまり長い言葉は似合いません。

そこは詩と似ていますね。

 

神様は忙しいだろうし

人々はみな、願い事を持っているから

自分だけが長くて場所を占めるのは迷惑

という慎ましさの現れかもしれません。

 

つつましさがないと

つまはじきですからね。

 

でも

ただ慎ましいばかりがいいとも限りません。

 

もし、願い事を詩として完成させられたら

その思いは特別、多くの人の応援を得られるかもしれません。

 

宮沢賢治の雨ニモマケズの詩は

ソウイウヒトニワタシハナリタイという願いの決め台詞がありますが

長い願い事でも

詩になると、共感、つまり応援をしてもらえることになります。

 

日本人は願い事が好きです。

八百万に神々とともにあるからでしょうか。

 

願い事を詩に高めて読んでもらうことで

世間で生きていく勇気が得られるかもしれませんね。

 

 

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テーマ:

心象風景を書くには

自己との格闘が必要です。

この格闘は、すでに行われている必要があります。

 

すでに行われてきた格闘を

延伸して、さらに格闘して決着をつけていくことが

重要です。

 

心象風景とは

心の景色です。

この景色は、当然、自分が見た景色であると同時に

自分を含めた景色を自分が見たものでもあります。

自分の心が見た景色をもう一人の自分が見たものであるともいえます。

 

それを読者が見た時、

詩の中に流れる時間や言葉が

どう機能して、どう見えるかを

計算しなくてはなりません。

 

計算と言っても

数式ではなく、

言葉の響き、意味の積み重ね、

可視範囲、経験則の適正利用など

さまざまに検討して

心象風景が再現されるかを検証するのです。

 

ここに私が先程かいた詩があります。

書き出しはこうです。↓

 

洞窟の入り口には

何も書いていない

暗くて

中のようすは分からない

 

入りたいけど

入ってもいいものか

先程から迷っている

いや

何度もここに来ては

迷っているのだ

 

書きたい心象風景のモチーフを提示しています。

暗めのトーンの景色が描かれていますね。

さらに続きます↓

 

入り口は

突然現れ立ち上がる

鼻先に迫る勢いだ

 

黴(かび)の匂いがして

中から風が吹いているのが分かる

 

どんな入り口なのかがフォーカシングされていきます。

そしてその存在が具体的イメージとして描かれていきます。

 

夕闇のカーテンが覆い紫の煙が立ち込める

人のささやき声が中から聞こえてくる

聞き覚えのある声だ

 

母かもしれない

 

こうして

立ち尽くしてしまうのは

私の癖(くせ)だ

何度 立ち尽くしてきたことか

 

自分との関係性が語られ

自分と強く結び付けられていきます。

母が出てきたのはどうしてでしょうか。

このあたりは、謎として詩に味わいを付加します。

 

心臓の鼓動が聞こえるほど

心?が聞き耳を立てている時

右から左へ

左から右へ

斜めに横切る刃(やいば)の光

 

私は中に入るべきかもしれない

戸惑う理由はないのかもしれない

とりかしのつかないことを

しなければならないのかもしれない

 

いや

きっともうその中に入ってしまった

 

自分という

未来の洞窟

 

最終行は「おち」を分かりやすく書いていますが

分かりやすくしないほうがいいかもしれません。

 

この詩は未完成です。

 

詩を完成させるまで

推敲が必要なことがほとんどです。

 

心象風景の詩は

特に難しいのです。

他人には分かってもらいにくいことを分かってもらうという感じのジャンルです。

 

普遍性というものが

どのあたりにあるか探りながら推敲し

完成させます。

 

ここに生贄にした詩も

たぶん変わった姿になっていくことでしょう。

 

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