京本が描いた四カット漫画ルックバックは一種のまやかし形式を帯びた二重時間構造で観客に伝わる。最初に描写される様相は、小学校の卒業式の日に藤野が京本を訪問の外に呼び出さなかった時に続く平行宇宙の現在に見える。そこで京本は藤野なしでもー突き詰めてみれば藤野に会う前からいつもそうしてきたように地道に絵を描いてきたように見える。今日より明日絵をもっとよく描きたい気持ちは京本本人の日常生活に藤野が深く浸透して入っていない可能性の時間帯でも円滑に作動している。おかげでそこで京本は藤野なしでも訪問の外に出る勇気を出すことができ、ついに美大にも進学できた。
ただし、このような時間の可能性が観測できたわけには、依然として藤野がある。ここで藤野は十数年前、ある意味では京本によって絵を描くのをやめた藤野であり、以後自分の姉について空手道場で少し違う性格の才能を咲かせた藤野である。こちらの世界で藤野は偶然に危険にさらされた京本を救い、京本は自分を救ってくれた人が十数年前に一緒に学報の四カット漫画パートを分けて描きながら、同時に遠い憧れの対象だった藤野であることに気づく。京本はその時なぜ漫画をやめたのかと尋ねるけれども、藤野は聞く言葉にきちんと答えず、実は最近また描き始めたと、もし連載を始めることになったらアシスタントになってほしいとおどけながら消える。その言葉がそんなに嬉しかったのか、その日京本は家に帰る道をまるで向こうの世界で雨が降っていた十数年前の卒業式の日の藤野のように盛り上がって歩いて、家に帰ってからはアルバムの中に丁寧にスクラップしておいた幼少期の藤野の四カット漫画を振り返りながら気持ちの良い回想に浸る。アルバムの間に挟まれていた空の4カット漫画用紙にルックバックというタイトルの漫画を描いて入れるのはまさにこの時だ。
一つ注目すべき点は、ここで京本が描いたルックバックが以前まで京本が見せてくれた絵として「背景美術」とは距離があるものだという点である。四つのカットの中で背景は極めて単純化されておりユーモラスでありながら効率的に配置された人物とアクションそしてセリフは京本に宿っている藤野の影響を暗示する。絵柄は少し違うかもしれないが影響は影響というものだ。
ところが私たちの目の前に急いで広がったこの平行宇宙の可能性には、実は若干の魔術的な飛躍―現実的な誤りがある。向こうの世界とは違う様相に分岐したこのすべての時間の流れの前提には十数年前藤野が先生の代わりに卒業証書を届けに来た日、それより少し早く訪問下の隙間に伝わった「出てこないで」という一カットの絵がある。それを見た京本はすぐ直後、大門の呼び鈴と卒業証書を置いていくという匿名のこえを聞いてもびっくりするばかりで出てこない。京本が「幽霊」と表現したこの絵一カットの持ち主は、自身の正体を現さないことで、今スクリーンの上に広がるすべてのイメージと事件が実は非現実の上に足を踏み入れている「夢」であることを暗黙的に示す。夢は正直に私たちの願いを満たす。
しかしまだ一つ残っている関鍵がある。それはまさに―この作品の中では観測されない―京本が実際に四カット漫画ルックバックを描いた時間だ。京本の葬儀以降、彼女の訪問の前にしゃがんでいた藤野に四カット漫画ルックバックは他の宇宙から送ってきた返事のように伝わる。その前まではどうしても部屋に入る勇気が出せなかった藤野はびっくりしてドアを開けて部屋に入ってみる。部屋の本棚には藤野京の名前で連載されているシャークキックがいっぱい刺さっていて、真冬なのにぱっと開いたガラス窓には2行4列で四カット漫画がテーピングされて冷たい風にひらひらしている。京本が描いたルックバックはそこから離れて出てきたのか、二列目の四カット漫画の中には一席が空いている。
だから私たちがここで遅れて近づくことができるのはまだ生きている京本の心のようなものだ。別れ後これ以上連絡は別にせずに過ごしたようだが、京本は相変わらず藤野の最も誠実なファンであり支持者として彼女の漫画を追って読んだようだ。しかも最近に入ってはまるで子供の頃のあの時のように、また一方ではまるで子供の頃のあの時とは違って一人で四カット漫画を一枚ずつ描いてみたように見える。四カット漫画ルックバックで垣間見られるように、この時京本はこれ以上以前のように背景を描くことだけに熱中しない京本だ。そしてそんな京本のルックバックはまるで無策で自責している藤野を慰問するかのようにこう言っているようだ。「私はあんたのせいで死ななかった」
<韓国語原文>



