23回目のクリスマス | いつも感謝で

いつも感謝で

アトランタ在住のうぃどう、ぽーの日記

 

 

 

 

今年でアメリカに来て、

23回目のクリスマス。

そしてこの時期は亡くなる直前の

夫の事を思い出す。

 

まだたった9年前の事だ。

あの時は何か変わりつつある夫を

不思議に思ったものだ。

彼がいなくなってしまうとは、

誰しもそして彼自身も

想像はしていなかった。

 

12月16日が彼の誕生日。

今年で生きていたら51歳になる。

それを考えると早過ぎる死だった。

 

家族を大切に思う人だったのに、

その方法を知らなかった人だった。

複雑な家庭に育ち、

11歳の時からは里子に出される。

 

里子に出された家庭で

家族と言うものを垣間見たが、

彼の学んだ事は

土曜日の朝に父親がワッフルを焼く事。

 

誕生日もクリスマスも、

何かを貰いはしても

彼の欲しいプレゼントではない。

そのため我が家の子ども達には、

誕生日もクリスマスもなかった。

 

自分が貰えなかったからではない。

貰わなければならないと言う考え方を

自分の子どもに植え付けたくなかったからだ。

世の中には何も貰えない子ども達が、

私達の想像以上にいる。

 

ワッフルを焼く事以外に、

彼が家族と一緒にした事はボーリング。

いつも彼は「行くぞ!」と突然決める。

そして彼自信ボーリングを好きかどうか

あまり定かではない。

 

それは何故かと言うと、

彼は上手ではなかったから。

ただ力はあるから爆発力で、

ピンが結構倒れるのだった。

 

それでも私よりポイントが低いと、

機嫌が悪くなってしまう。

せっかく家族で楽しんでいるのに、

たかがゲームで怒らないでよ、

と言いたい私だったが、

それで更に激怒するだろうから、

いつもだまっていたのを覚えている。

 

 

 

今年のクリスマスイブは、

何も予定がなかった。

そこで久々に家族で一緒に

何かをする事に決めた私。

 

以前から末っ子を

SF映画に連れて行きたかった。

それは私自身が好きだし、

子どもの頃にそれを観て感動したから。

 

しかし8歳から本格的に

テニストーナメント選手になって以来、

彼は子どもらしい事を殆どしてない。

だから映画にも全く興味がないのだ。

(ジブリは好きだけど)

 

子ども達に有無は言わせず、

今流行りの「スターウォーズ」を観に行く。

途中で娘から家に帰ったと突然電話が入り、

急遽娘も参加のボーリングへ。

 

最後に家族でボーリングへ行ったのは、

いつのことだったろう。

それは夫がいた時だったから、

もう十数年前の事だ。

 

もう皆大きくなり、

はしゃぐ事はなくなり

静かなボーリングだったけれど、

家族みんなで時間を過ごせた事は、

夫からのクリスマスプレゼントのような

気がするのは私だけだろうか。

 

 

最近恋バナばかりのブログだが、

夫のことを恋しく思う

私もいるのだった。