箱根にて | のろ猫プーデルのひゃっぺん飯  おかわりっ!!

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飛びすさって行くような毎日の覚え書き。
私はここにいます、の印。

夫と二人、箱根に行ってきた。

Go to キャンペーンを利用しての一泊二日の弾丸旅行だ。

一泊二日で行ける場所は熱海か箱根か千葉の外房、鎌倉あたり、その中で箱根を選んだのは乗り換えなしで行けることと、以前お世話になった箱根神社さんにお参りしたくなったからだ。

箱根神社さんは今夏と同じように(いや、もっとひどかった)不安神経症になった10年前、母と友人の三人で訪れてご縁をいただいた。

けれど今回ブログに書くのは箱根神社のことでも思い出話でもない。

箱根湯本で入った喫茶店についてである。

駅についた私たちは元箱根行きのバスの出発時間までそこで時間をつぶしたのだった。

私は平成生まれのスタバより昭和レトロなシャノアールを愛している。フラペチーノよりメロンソーダ、カウンター椅子より尻の沈む合成皮革のソファーがいい。

そこは蔦のからまる瀟洒な雰囲気で、私は一目で気に入った。

入ってみるといろんなものが飾ってあった。絵、人形、ゴブレット、大時計……、なのに店の真ん中には石油ストーブがどんと鎮座して、あまつさえその上に高校のラグビー部の部室にありそうなアルマイトのヤカンなんかが置いてあるので、私の「昭和レトロ心」はいやがうえにも鷲掴みにされたのだった。

ソファーに身を沈めてマスクを外す。すると「ヨソのお家」のにおいがした。

古道具屋の空気に灯油がまじったようなにおいだ。妙になつかしくて、つかの間子供時代にタイムスリップした気分になる。幼馴染のゴミョウさんちでリカちゃんで遊んだ秋、畳の上に伸びる夕暮れの紅茶色の日差しを思い出す。大嫌いだった歯医者さんの待合室にあった手塚治虫の「バンパイヤ」と消毒薬のにおいとか。年を取ると嫌いだった場所まで切なくなるからおもしろい。

 

私たちの座った席は真横に蓋の閉じた古めかしいピアノがあった。

そのピアノの上にも絵がずらりと並んでいる。

夫と喋りながら見るともなしに眺めていて、私の真横に飾ってあった少女の絵を眺める。

クセのある長い髪をハーフアップにした少女の横顔だ。年は10歳くらいだろうか、ふっくらとした頬、黒目がちの切れ長の目、グリーンのストライプのワンピースを着ている。

夫と話をし、途切れると彼女を見る。考え考え話をしながら気が付くと彼女を見ていたりもする。

「その絵、気になるよね」

夫が言った。

「そうなんだよねぇ。つい、目がいってしまう」

「どう思う?」

「かわいい子だよねぇ」

「かわいいね」

 夫も同意した。

「でも寂しそうに見える」

「そうなんだよ。寂しそうなんだ」

「なんだろう。悲しいことがあったのかな。絵を書かれるのがイヤだったのかな」

 と私は彼女を見つめながら言って

「寂しくなんかないよ、って言ってあげようか。たくさんの人が来て、あなたを眺めるんだから寂しくなんかないよ、って」

「やめた方がいいよ」

 夫が止めた。

「どうしてさ?」

「波長を合わせない方がいい」

「なんで? 魂でも宿っているの?」

「オレは霊能者じゃないからわからないけど、これだけ古いものがあれば魂が入っているものもあるでしょう」

 と、そこで私は思い出した。

「そういえば以前どこかで読んだか聞いたかした話があるのよ。ある店に…バーだったかなぁ……、ま、とにかく外食産業なんだけど幽霊が出るんだってさ。その店のオーナーが気にしてさ。霊能者を頼んでお祓いしてもらおうと思ったんだって、ところが来た霊能者がこんなことを言ったのよ。『この場所は店にするの? だったらこの幽霊祓わない方がいいよ。このままにしといたら人が集まるよ』 それでオーナー考えて祓うのやめたって。そうしたらほどほどに儲かったそうよ。なんだろうね。幽霊が人を呼ぶのかな? 幽霊が寂しがるのかな。とにかくそんな話があった」

 そう言っている間もお客さんが相次ぐ。

「ここも人気のある店だね」

 

 途中、トイレに立って、店のさらに奥にレトロな小部屋があることを知った。三方の壁に大きな宇野亜喜良風の絵がかかっている。座り心地のよさそうなソファーもあって、こちらの空間にもそそられる。

「明日、帰る前にまたこの店に寄ろうよ」

「いいね」

「その時は向こうの小部屋に座りたいな」

そんなことを話しながら店を出てバスに乗り込んだ。

 

翌日、元箱根から戻って来た私たちは同じ喫茶店に入った。

「あの向こうの小部屋は使っちゃだめですか?」

 夫が尋ねるとお店の方は「あちらまだ準備できていないんですよ」と残念そうな顔をして、「こちらはいかがですか?」と昨日の席を勧めてきた。

 私たちは思わず笑った。昨日と同じようにソファーに腰を下ろし、グリーンのストライプの少女に目を向けた。

「こういう風になるんだよな」

 夫は笑いを含んだ声で言った。その意味はなんとなくわかる気がした。この子が呼んだのかな、と聞きたくなったけど、どうせ彼は「オレは霊能者じゃないからわからない」と答えるだろう。

 でも「こういう風になる」のだ。

 多分、この次行ってもそうなるような気がする。

 なぜならその日以来、その子の面影が頭の中をチラつくからだ。

 また行きたいなぁ。箱根に、というより、その喫茶店に。

 まだコロナの第三波が来る前、ついこの間のことだ。