三月の下旬、家内と一泊二日の旅にでかけてみました。
以下はその旅の記録です。
年始から慌しかった仕事も、システムの移行が正式に延期となり、とりあえずは小康状態。休みを取るなら今しかない。ということで、家内と一泊二日の旅に出ることにした。家内は、特急踊り子号で、海が素敵な伊豆半島へ出かけることを希望していたが、どうにも、ピンとくる観光スポットが思いつかない。そもそも、伊豆半島のことをよく知らないので、計画を練るだけでも気がひける。休養目的の旅で気疲れするのは、本末転倒だ。同じ海が見えるならば、気楽に行ける三浦半島の方がよい。ならば、鎌倉あたりでいいんじゃないかな。
ということで、明日の宿を探すために、めったに使わないが、愛用のアプリ「Bookinng.com」で検索する。明日は、平日の金曜日とはいえ、さすがに良い宿がない。空いている宿は、どこも外人客を目当てにした安宿ばかりで、ゆっくりくつろげそうもない。もう少し、半島全体に検索範囲を広げてみよう。いくつかヒットするなかで、1件だけ目を惹いた。
「観音崎京急ホテル」
そういえば、観音崎には一度も行ったことがない。仕事で、YRPや久里浜や衣笠。ウォーキングで、逗子や葉山や城ヶ島。しかも、三浦半島の山々はことごとく登りつくしている。でも、観音崎はない。観音崎から見る東京湾。浦賀水道を挟んでみる房総半島の風景は素敵かもしれない。これは、行って確かめてみるしかない。
というわけで、平日の金曜日、家でゆっくりと朝食をとり、通勤時間帯が過ぎてから、出発することにした。観音崎の観光は、翌日の土曜日に行い、今日は、鎌倉の小町通りを散策する。鎌倉といえば、いつも始発で出かけるので、小町通りの土産店は一軒も空いていない。かねてから、じっくりと歩いて見たいという家内の願いをようやく叶えることができる。特急踊り子号ではないが、グリーン車の2階席に座り、特急列車の雰囲気を味わう。
鎌倉駅で下車し、江ノ電と通じる西口のロッカーに荷物を預け、「いざ、小町通り!」満面の笑みを浮かべた家内は、一軒一軒土産物店で熱心に見入っては、気に入ったものを次々と買っていく。今まで、無人の小町通りを通過してしまった反動のようだ。人混みがすごいので、さすがに歩きつかれた。そろそろ、ホテルがある観音崎方面に向かおう。
観音崎へ向かうためには、どこかでJRの横須賀線から京浜急行線に乗り換える必要がある。逗子駅で乗り換えるか。それとも、行きすぎだが、久里浜駅で乗り換えるか。いろいろ迷った挙句、横須賀駅で下車し、歩いて京急の汐入駅で乗り換えることにした。階段が一段もない横須賀駅では、汐入駅へ向かう道を歩かず、いったん港へと向かう。ヴェルニー記念館の脇を通れば、ヴェルニー公園だ。ヴェルニーというのは、フランス人技術者の名前である。NHK番組「ブラタモリ」によれば、フランスの軍港ツーロン港の地形に似ているという理由で、選ばれたのが横須賀の軍港なのだそうだ。開国当時の幕府は、イギリスよりもフランスを好んでいた。ということで、ヴェルニーは、横須賀造兵廠、横須賀海軍施設ドックや観音崎灯台といった重要な施設の建設指導を任されたのだそうだ。公園自体はフランス式庭園。海側は、ボードウォークと呼ばれる、木の板張りによる遊歩道となっている。その歩道からは、海上自衛隊の艦船が見渡せる。公園の端には、旧海軍関係の碑が残されていた。
京浜急行の汐入駅で各駅電車に乗車し、馬堀海岸駅で下車する。ここからバスに乗るのが一番早いようだ。もっとも、横須賀駅から観音崎へ向かうバスを利用するという方法もあったが、旅はやはり列車の方が良い。バスで到着したバス停からホテルへは少し距離があるが、歩くのに困るほどではない。もっともホテルには送迎バスがあったのだが、馬堀海岸のバス停のはるか200m先に停車していた。それよりは近いのだから、送迎バスを使わずに正解だった?
さて、ホテルに到着。部屋の窓からは、予想に違わない一面のオーシャン・ビュー。いや、オーシャン(大洋)ではなく、東京湾なので、さしずめ、ベイ・ビューというべきだろうか。対岸の房総半島の灯りが、夕暮れに浮かびつつある。船がのんびりと行きかう様も良い。漁船から貨物船。客船から自衛艦。目的の分からない船など、さまざまだ。レストランで夕食を食べ、ホテルとは少し離れたSPAで湯につかり、仕事の疲れと旅の疲れの両方をとる。
翌日は、観音崎めぐりである。チェックアウトが11時なので、それまで荷物を部屋に置いておき、手ぶらでウォーキングに向かう。横須賀美術館脇の遊歩道を登る。三軒屋砲台跡など、レンガ造りの戦前の帝都の守りの跡がとても異様である。観音崎の一段と高い所に、戦没船員の碑があった。大掛かりな碑である。戦艦や空母を揃えるのに必死だった旧海軍。南方資源に立脚した持久体制で米国と渡り合うはずだったのだが、護衛艦不在のまま、資源を運ぶはずの輸送船はことごとく沈められてしまう。これにより、軍人以外の船員6万人以上が命を失い、2500隻(840万トン)もの船が失われた。その事実を残し、二度と繰り返さないための平和の碑ということだ。
観音崎は、全体に遊歩道を張り巡らした自然あふれる迷路のようだ。灯台を目指すのに、無駄な遠回りと無駄なアップダウンを繰り返してしまった。灯台近くに来たときには、すでに歩き疲れてしまった。それでも、岬の先端から眺める穏やかな海の風景には、こころが和む。ホテルへの帰りは、海岸近くの遊歩道沿いに歩く。ホテルからは、送迎バスで、馬堀海岸駅へ向かい、京浜急行の各駅電車で、横浜駅へ向かい、帰路についた。
■ 小町通りの「どんぐり共和国」

■ 小町通りの路地裏「風見鶏が似合う家」

■ 鎌倉駅ホームから見える洋菓子店「レ・サンジュ鎌倉本店」

■ ヴェルニー公園「軍艦山城之碑」

■ ヴェルニー公園「軍艦長門の碑」

■ ヴェルニー公園から見る自衛艦


■ 観音崎から眺める浦賀水道

■ 観音崎灯台

さあ、今日も地図を広げて、
京急ホテルへ冒険にでかけましょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。












