イの国探検隊ファンの皆様、鰐積の皆様、アマでありカミでもある皆様、こんにちは。
イノクニタンケンタイ雑用係の日月ホトトギスです。
![セキセイインコ青](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/457.png)
平清盛が命じてちきりを持って通った女性を人柱にして造ったため池「平池」
法然の名を冠する「法然寺」
倭迹迹日百襲姫命が好んだ地「百相村」
現、仏生山町に建立されている。
幼いもしくは天照の娘を祭っていた神社があった場所にわざわざ、神社を移転させて水戸黄門の同母兄・松平頼重が建立している。
長尾は何のしっぽ?⑳のつづきです。
長尾寺はしっぽ関係では気になりまする
![流れ星](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/114.gif)
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え~ まだ千葉氏の長尾氏でもある白井氏探検が細々と続いています。
補陀落山円通寺(本尊は聖観音菩薩)の国仙和尚を"生涯の師"と定め師事した良寛。
良寛さんの
冬籠り 春さり来れば
飯(いい)乞(こ)ふと 草の庵を
立ち出でて 里にい行けば
たまほこの 道のちまたに
子どもらが 今を春べと
手毬つく ひふみよいむな
汝(な)がつけば 吾(あ)はうたひ
吾(あ)がつけば 汝はうたひ
つきて唄ひて 霞(かすみ)立つ
永き春日を 暮らしつるかも
良寛さんの詞の中でたどり着いた、数え13歳の子に贈る琉球手毬⇒「手毬つく」=「琉球十三マーイつく」
前回
「ひふみよいむな」=「十種神宝の霊力で死者を蘇らせる」と書いて、後に気になった。
「ひふみよいむなやこと」とは、
1〜10の数え方。
この数え方は、現在の数字の数え方ではない「言霊」。
言霊とは、
「古代日本で、言葉に宿っていると信じられていた不思議な力。
また、言葉に宿る霊の意。」
「先代旧事本紀」には、ひふみ祓詞と布留の言を唱え、十種神宝を振り動かすことで、死者を蘇らせることができると伝えられているそうです。
この布留の言と十種神宝を用いて、神武天皇の長寿を祈ったことが、宮中における鎮魂祭の起源になったとされているそうです。
先の探検では、
お盆は、餓鬼道に落ちた鬼道使いであるイの国の日巫女(ヒミコ)の弔いであった。
手毬は、皇后。
鬼道とは、ひふみ祓詞と布留の言を唱え、十種神宝を振り動かすことで、死者(先祖魂)を蘇らせることができるものだったんじゃないかと感じました。
十種神宝(とくさのかんだから)とは、
「先代旧事本紀」、「天孫本紀」に天璽瑞宝十種(あまつしるし-みずたから-とくさ)として登場する10種類の宝物。
饒速日命(にぎはやひのみこと)が天降りする際に、高天原の先祖、高天原の皇祖の天神御祖(あまつかみみおや)から授けられたとする。
十種神宝は、
沖津鏡(おきつかがみ)
辺津鏡(へつかがみ)
八握剣(やつかのつるぎ)
生玉(いくたま)
死返玉(まかるかへしのたま)
足玉(たるたま)
道返玉(ちかへしのたま)
蛇比礼(おろちのひれ)…大国主の神話に出てくる比礼との関係が注目される。
蜂比礼(はちのひれ)…大国主の神話に出てくる比礼との関係が注目される。
品物之比礼(くさぐさのもののひれ)
十種神宝は「記紀」には出てこない。
漢字、記述の相違は、
布瑠の言とは、「ひふみ祓詞」・「ひふみ神言」ともいい、死者蘇生の言霊といわれる。
石上神宮の祭神である布留御魂神は十種神宝のことであるとする説もある。
本物か不明だが、大阪市平野区喜連6丁目にある式内楯原神社内の神寶十種之宮に、偶然、町の古道具屋で発見されたという十種神宝が祀られている。
籠神社には、十種神宝の沖津鏡・辺津鏡との関係は不明だが、息津鏡・辺津鏡という2面の鏡が伝わっている。
秋田県大仙市の唐松神社には古史古伝のひとつである『物部文書』とともに奥津鏡、辺津鏡、十握の剣、生玉、足玉とされる物が所蔵されているという。
京都市伏見区伏見神寳神社は、
十種神宝(とくさのかんだから)とはなにか?
妄想フィルターにかけてみると、
「記紀」には出てこないが、十種神宝は天津神の子であることを示す「あまつしるし」のようで、矢を盛って背に負うための道具「靫(ゆぎ)」を天表としている。
矢を盛って背に負うための道具で思い出すのは、白人神社
白人神社とは、1596から1614年(慶長年間)の初め、安土桃山から江戸時代前期にかけての武将で、蜂須賀氏の家臣で、徳島藩筆頭家老で淡路国洲本城代・稲田氏2代当主稲田修理亮によって再興されたといわれ、稲田家の信奉が厚かった神社。
稲田氏は代々鎧・刀・画などの寄進をたびたび行っているが、「白人大明神」と刻まれた額も稲田主税助植春の奉納したもので、彗雲鉄啀の書になるものです。そのほか同神社に保存されている矢を入れて肩や腰に掛け、携帯する容器・箙(えびら、やなぐい)は木製で、蜻蛉(かげろう)の形の彫り物を施し、全国的にも類例が少ない。
主祭神は瓊瓊杵尊・天照大神・伊弉冉尊・豊秋津姫命・崇徳天皇・源為朝。
「秋津」=「蜻蛉の羽のように薄い上質なもの」
この蜻蛉(カゲロウ)が表すのは、秋津であり豊秋津姫命(天下春命の叔母)ととれる。
白人神社南側の原生林の中に神明神社は鎮座。
白人神社の奥社と言われ、頂上付近の石堤は古代の磐境(いわさか)とされる。
気になったのは、伏見神寳神社
神社には、社名が十種の神宝を意味する神宝で、阿波国を意味する「稲荷」かつて稲荷山上に祀られていた。
十種神宝≒「あまつしるし」=矢を入れる道具=秋津=豊秋津姫命(天下春命の叔母)(天下春命はさぬき市鴨部地区の空海再興の極楽寺の鎮守・志多張神社の御祭神であるが讃岐には縁がうすい)鴨部地区の東隣りは平安時代には「難破」
豊秋津姫命は、伊邪那岐命・伊邪那美命二神の間に産まれた男女一対の神の女神で、水戸神はその総称。
「紀」では「水門の神達を速秋津日命という」としている。
戸・門(ト)がでてきた。
道祖神=出雲の祖神ともされるクナト神(フナト神、道俣神、猿田彦大神、岐神、サイノカミ)(阿波神山地域)=庚申塔(密集地帯は阿波、一部讃岐)=猿田彦大神
=青面金剛(三面六臂、青色=青石(緑色片岩)=鉄=赤色=金色=朱色)=阿修羅
=瑜伽行派(唯識派、ゆうがさん)=玄奘三蔵=法相宗
=四国八十八霊場15番札所 薬王山 金色院 國分寺(阿波)は昔は法相宗
戸
「稲荷」の稲の字がつく稲田家は、豊秋津姫命ととれる矢を入れて肩や腰に掛け、携帯する容器・箙を本宮が古代の磐境とされる神明神社である白人神社に奉納。
これは、豊秋津姫命ともいえる十種神宝を磐境神明神社に奉納してますだよね。
つま~り、
え~~い、静まれ! 静まれ! 静御前(なんじゃそれ)
ひかえおろう!
こちらにおわすお方を誰とこころえる!
十種神宝にたとえられる 水戸神
豊秋津姫様(阿波磐境神明神社)だー!
え~い! 皆の者、頭が高~い!
松平頼重+龍+犬
松平頼重:讃岐国高松藩の初代藩主。高松松平家の祖。
水戸藩2代藩主徳川光圀(水戸黄門)の同母兄
(悪党)
ド田舎に、来るわけない!2番目誕生島だがアングラ扱いの四国だ、偽物だ!
いてまえ!
(水戸神)
左大臣さん、右(矢)大臣さんやっておしまいなさい!
矢大臣=右大臣=天津久米
久米の子孫=大伴氏、紀氏、小野氏、柿本氏、春日氏など鰐氏
イ探の妄想説によれば、だが
ほんだら、このへんで、ではまた。