イの国探検隊ファンの皆様こんにちは
静御前の母・磯禅師さんは、幼いときに両親と死別し、菩提寺にあずけられました。
前回、出生地の屋敷跡に行きました。
次に、1人ぼっちになった磯さんを引取り面倒をみた長町家の菩提寺とはどんなお寺でしょうか?
現場調査の続きです。
現地からレポートです。
磯さんが生まれた丹生小磯地区から南西方面、一度通った石清水八幡神社のある地区に向かいます。
車だとすぐ近くのようです。
小高い場所に、それらしき塀のある建物が見えます。
門があります。
その前に駐車できるスペースがありました。
この門から入るのかと思ったら、左手にさらに大きな門が見えました。
こちらが山門でした
釋王寺
山号は大渓山。宗派は真言宗善通寺派。
本尊は聖観世音菩薩(秘仏、国の重要文化財)。
四国八十八箇所番外霊場、讃岐三十三観音霊場五番札所。
寺伝によれば、奈良時代の725年に行基が建立。
平安時代初期の803年に空海が寺院を整備。
戦国時代の1583年には兵火により伽藍が焼失。
江戸時代中期の1733年になって堂宇が再興。
国の重要文化財の本尊・聖観音像は、蔵庫に収蔵され、本堂には前立として大日如来が安置。
本尊の木造聖観音立像
素地、142cm、藤原時代作。秘仏。明治34年、1901年指定。
薬師如来=大日如来=天照大神と妄想
観世音菩薩=7代・孝霊天皇の皇后
(8代・孝元天皇の生母)
大悲殿
イ探としては、大きな悲願の意
参拝
大悲殿からの眺め
遠くの山は水主三山の虎丸山
ってことは水主神社のある地区へ向いている
撮ったときは気がつかなかったが、どらの様な大きな音が入っている
さざれ石
境内のどこかに静御前の母磯禅師の両親の墓もあるのか?
誰にも会えなかったのでわかりません。
大きな講堂のような建物です。なんに使ったんでしょう?
唐破風の玄関のかっこいい建物でした。
源義経が越えてきた大坂峠方面から水主神社方面(本宮山?)へパン
釋王寺から大坂峠方面を眺めた景色
静御前と母磯禅師が、失意で磯の生まれ故郷に帰ってきて一時お世話になったであろう釋王寺。
そこから何度も眺めた景色だと思います。
磯禅師は幼い頃両親を亡くして預けられた記憶。そして、ここから旅立った思い出と、追われる娘とまた戻って来た複雑な思い。
静御前は、義経が通った大坂峠方面を見て胸をこがしたのだと妄想します。
ではまた。