イの国探検隊全日本津々浦々のファンの皆様こんにちは


更に粘着性強く探検のつづきです。

この平らな山が、一つで2つの名前をもってます。
左側が金毘羅宮の鎮座される象頭山
右側が野田院古墳がある大麻山


「事件は現場で起こっていたんだ!」
「現場100回!」ムキー炎

はい、ネットサーフィン🏄‍♀️グラサンキラキラ

上記の(2)で、「皇極天皇がショケラなんかい!」及び「呪術か?」との妄想に冗談混じりで結びましたが、以下の様な記事を見つけました。ニコ

繁田 信一(神奈川大学非常勤講師)さんが、
書いてます(ある程度短く要約すると)

日本人は「平安時代」という言葉から「和歌」を連想するのは普通のことで、現代人がイメージする平安時代は呪術の時代とも思われます。その人物として現代人の関心が、往々にして密教僧の空海や陰陽師の安倍晴明といった呪術の専門家たちです。しかも、平安時代は実際に密教僧や陰陽師による呪術が隆盛を迎えた時代でした。関係のなさそうな和歌 と呪術とが、非常に深い関係を持ち、呪術のために和歌が使われました。
 平安時代の貴族社会の百科全書として知られる『二中歴』(にちゅうれき)は、さまざまな事柄に関するリスト(=「歴」(れき)の集合体ですが、そのリスト群の一つである「呪術歴」には、実際に行われていたと思われる三十四種類の呪術が列挙されているとのこと。

はい、密教は呪術でしたウインク
そこまで呪術が使われたと言う事は、効果があった!? 滝汗


気を切り替えて、仲多度郡琴平町の象頭山に鎮座されてます金刀比羅宮(金毘羅さん、こんぴらさん)と天狗についてです。
ネットで調べると、金毘羅大権現が産み出されたのは、
江戸時代初期
頃とのことで新しいですが、金毘羅さんには天狗信仰をあらわすものが多く残されており、金毘羅大権現の使いは天狗と言われていたようです。
天狗信仰の主とも言える
金光院の別当を務めた宥盛
が象頭山にはいたそうです。
奥社の建つ所は内瀧といい「瀧」と名がつくのは修験者の行場を示し、象頭山は行場が数多くあったそうで、今でも、奥社の崖には天狗と烏天狗の面がかけられていて、これが宥盛と天狗信仰との結びつきを今に伝える痕跡と思われます。

金毘羅大権現の始まり時期には象頭山は天狗信仰の山で、信じる行者や修験者たちが、大坂や江戸での布教活動を行うことで多くの人に浸透していったようです。その布教指導者を育てたのが宥盛だったと考えられているとのこと。


金毘羅大権現は江戸時代に生まれたとあるけど、私は、あの山に祀られることには、深い意味があると感じます。真顔
象頭山(ぞうずさん)は、大麻山(おおさやま)と繋がり、一つの山です。屋島のような稜線が平らな山に、なぜか南北で名前が2つ
北側の名前が天皇に繋がる「大麻」です。そして、盛り土に石を積んだ3世紀後半の前方後円墳「野田院古墳」があります。
この古墳の副葬品は、弥生時代の特徴をもつもので、もっとも古い時代の古墳です。
また、中世には野田院とい山岳仏教寺院があったといわれているそうです。
「山岳仏教」=「修験道」です。


野田院古墳 復元済み


山岳仏教寺院 野田院跡

金毘羅大権を調べると、象頭山松尾寺普門院の縁起では、大宝年間(701-704年)修験道の役小角(神変大菩薩)が象頭山に登った際に天竺毘比羅霊鷲山に住する(仏法および仏教徒を守護する主に天部の神々(天))護法善神金毘羅(クンビーラ神験に遭ったのが開山の由来との伝承から、これが象頭山金毘羅大権現になったとされ、不動明王を本地仏としたとのこと

脇にそれますが、霊鷲山がやや気になります。讃岐の鷲ノ山と繋がる気がします
鷲ノ山産の石棺は、高松市石清尾山の(国指定史跡)石船古墳をはじめとして中讃地域など県内8例、大阪府柏原市で2例確認され、鷲ノ山周辺が古墳時代前半期における石材産地および石材加工の一つの中心として広く知られていた
妄想するに、役行者が神験に遭った霊鷲山とは、暗に讃岐の鷲ノ山では
不動明王については、四国の佐伯氏一族で空海の甥(もしくは姪の息子智証大師円珍の不動明王霊験記録がもっとも古く大師が日本の不動明王信仰の先駆
不動明王信仰の成立と展開は、智証大師門流によって導かれ、やがて天台密教、真言密教の中に深く浸透していったとのこと。

金刀比羅宮の主祭神は、大物主神
別名
=葦原色許男神=大日如来=不動明王=シバ神=大黒天=大国主=大国魂大神

先のブログで書いた庚申塔の青面金剛(猿田彦)が掴んでいるのは仏教の敵「ショケラ=シヴァ神」とすれば、猿田彦(青面金剛)が大物主(不動明王)を掴んでいることに繋がる。
庚申塔 青面金剛がショケラを掴んでいる


ここでも、古神道山岳信仰仏教が習合し、密教も加味されて確立した日本独特の宗教修験道の役行者が関係していた!しかも、時代は上る
ガーン


妄想をまとめると
象頭山に鎮座している金毘羅大権現(大物主=不動明王)は、大宝年間以前に大麻山に存在した山岳仏教(修験道)寺院の野田院を意識し、役行者が大麻山と同じ山体の南側に鎮座させたと思われます。
修験道は密教であり、呪術。このことが示すのは、金毘羅宮は大麻山野田院古墳を呪術で守るか、古墳の大王(おおきみ)の力を利用するため鎮座と妄想します。

役行者が遭った霊鷲山に住む護法善神金毘羅の「霊鷲山」とは暗に、古墳時代の石棺材を産出・加工の地であった讃岐の「鷲ノ山」ではないか?

そして、キツネはいずこ?口笛
天狗(キツネ)は、
金毘羅大権現(大物主)の使い。
イの国の古墳時代に繋がり、キツネは権力を持った女性とも考えられ、大物主命の使いとも思われる。
庚申塔の猿田彦命(青面金剛)が、掴んでいるのは、大物主命(不動明王)の使いのキツネ(女性の権力=)となる。爆笑

キツネは、大物主神=大日如来=不動明王=シバ神=大黒天=大国主
の使いということになる。ウインク

妄想全開❗️で整理しますと
弥生時代の野田院古墳と金毘羅宮は修験道で関係ありあり。役行者が派手に主役で登場し、讃岐の天竺の霊鷲山とも言える鷲ノ山の神力を象頭山(大麻山)に鎮座させた。
庚申塔の猿田彦命(青面金剛)が、掴んでいるのは、大物主命(不動明王)の使いのキツネ(女性の権力=皇極天皇)と妄想し、これは、天孫族関係者が出雲族の使いの女性を動けなくする密教呪術をかけているのかも
爆笑

イの国探検になったかな。
では、また。