イの国探検隊ファンの皆様こんにちは


「のってるかーい!」

「・・・・・・」

「はい、お帰りはあちらで御座います」



今回は、先のブログに登場した無量寿院の最初の場所を探して高松市室町にある観興寺を訪ねました。


室町にあったそうなので、ネットで検索すると、同じ宗派は1件
ほぼ正解?


いざ、現地へ!ニコ



イの国の時代よりも下る8世紀


無量寿院(むりょうじゅいん)は、

香川県高松市にある真言宗御室派の寺院
山号は紫山(しざん)
京都仁和寺の末寺

739年、行基が(現・室山の麓)に創建したのが始まり。
その後、空海による修造

白河法皇や亀山天皇の厚い信仰を受ける

七談議所の一つとして興隆

荘厳な伽藍を有していた
が、天文年間(1532 - 1555年)に戦火で焼失。

その後、転々として現在の場所になった。


その最初の寺の痕跡を探検しました。





裏山が紫雲山
石清尾山古墳群、石清尾八幡宮の山に繋がる

写ってないが、画像の外右側には栗林公園


「石清尾山古墳群」は国の史跡、
積石塚10基、盛土墳2基の計12基


稲荷山北端古墳は類例の少ない双方中円墳である
3世紀後半という古い時期に土ではなく石を積んで築いた「積石塚」

前出ブログのモモソヒメ関係の船岡山古墳も同じく双方中円墳

観興寺の真裏の山の尾根には、積み石の稲荷山1・4号墳・姫塚がある。
益々、初代、無量寿院の場所として可能性が高まった爆笑


本堂の前、中央地面にいきなりありました
何でしょうか?
初代無量寿院の痕跡か?



御本尊 ??不動明王さまの扁額



松平家の葵紋と密教の輪宝(りんぽう)
真言宗輪宝かな


瓦には梵字 
不動明王を表す「カーン」かな?


そして、桃瓦
魔除けらしい
その由来は、
古事記が描く黄泉(よみ)の国神話

亡くなったイザナミの変わり果てた姿に驚いたイザナキは、現世へ逃げ帰ろうとして醜女らに追われ、迫る雷神に対してモモを3個投げて退散させる話があります。
ここから来ているようです。
自然の食材に霊力を見いだす価値観の始まりだそうです。

神社にあるべきかなと思うが、寺に・・・
真言密教は、古神道か?



棒状に伸びる雲 龍🐲か?
この後、軽く雨が降ってきた
暑かったので丁度良かった
自転車で帰るときは、やんで、帰ったら沢山降ってきた。龍神さまかな?



剣山、石槌山とかいてある
修験道の関係と思う 役行者さまかな?



秀吉さんも
後日、お盆だからか?
扉が開いてましたびっくり
二体とも羽がありました。ふんわりウイング
天狗さんなのでしょうか?👺



西国33ミニ巡礼 第一番
本堂裏の紫雲山側にあるようです。
草が繁茂して道が分からなかった。


文殊菩薩さまかな


観音さまかな

不動明王さまかな
あじのある仏様方々


古墳のある山の麓にあるお寺なので、たぶんここに、初代の無量寿院があった可能性が高いと、感じました。


でも、もしかしたら栗林公園内だったかも


お寺の奥さんに話しをきけましたが、無量寿院跡については、よくわかりませんでした。
でも、住職さんは給料制で、寺を維持するのは大変とのお寺事情が分かりました。
若い方は、なぜ弔いをするのかも知らずお葬式のみとか、お寺に興味が無い方が多くなったと憂いておられました。

私としては、過去から今の歴史を物語る神社仏閣と、その土地の伝承や風習から昔の日本の謎とその時代の人の思いを知ることが出来れば幸いです。

そして、微力ながら広く伝えていければと思います。



隣接の神社は、次回に

ではこのへんで、