人間失格 | やるせない読書日記

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寺山修司と太宰にはある種似たところがあるなあと思い、何十年ぶりかで再読。


どこが似ているって田舎くさいところだが。


僕も若い頃は一応、太宰治を読んだがまあそれほどに影響を受けたわけではないが、奥野健男の


「太宰治論」くらいまでは読んだ。負のキリストがどうのこうのという本だ。


読み直して見ると、思ったよりも短編である。高校の頃には長編に感じられたが。


誰でも知っている有名な話なので筋書きの紹介などしないが、改めて思うのだが自伝の体裁をとり


ながら幼少時代、青年時代を通じて一回も「母」が登場しない。


三島の「仮面の告白」も同様に人間から外れた存在の奇妙な自己形成の書であるが、「母」は息子が


己の先天的な性癖に気づき始めた時に哀しそうな目をしてほんの束の間登場する。


そして「仮面の告白」の私は妹の死を悼むという人間らしい感情をもつが、大庭葉蔵は考えることは「女」のこと


だけで堕落していく。他人は常に利己的で醜悪な存在で、じゃてめえはなんなのかというと



「私たちの知っている葉ちゃんは、とても素直で、よく気がきいて、あれでお酒さえ飲まなければ、いいえ、


飲んでも、・・・・・・・神様みたいないい子でした」


神様みたいな存在なのである。


高校生の頃は多分、気づかなかったがこの小説の「性」の扱いが根源的というか、様々な人間の健常な


建設的なものを取り去った後の人間の繋がりというものとして扱われている。


例えば葉蔵は子供の頃、下男や下女に陵辱されている。


その頃、既に自分は、女中や下男から、哀しい事を教えられ、犯されていました。幼少の者に対して


そのような事を行うのは、人間の行い得る犯罪のなかで最も醜悪で下等で、残酷な犯罪だと、自分は


いまでは思っています。


恐らくは人間の恣意の恐ろしさを描くための小説中の必然で太宰にこのようなことがあったとは思い


にくい。対になるように、これが滑稽で醜悪でもあるが精神病とされて人間失格になってから付き添い


の老婆に犯される。こんなことある訳ないが。


それから三年と少し経ち、自分はその間にそのテツという老女中に数度へんな犯され方をして、


時たま夫婦喧嘩みたいな事をはじめ(略)


馬鹿馬鹿しいくらい滑稽で実際にはありえる話ではないが小説の構成としてはよく出来ていると思う。


何故だか理由はよく分らないが、「人間がよく分らない」主人公は怠惰な生活を重ね、常に他人のこと


を思いやることもなく酒や薬に溺れ自分をチヤホヤしてくれる存在としての女を犠牲にして生きていく。


この太宰の「苦悩」も実は全ての人間にとって共通のものでもなんでもないがその優れた筆力によっ


て僕たちはねじ伏せられ自分たちにも同じ「苦悩」があるんじゃないかと本を読んでいる間、多分


それは若いあまり人生経験もない人間は錯覚してしまう。


数十年ぶりに読んだが、堀木が相変わらず生き生きと「お母さまのつくった、汁粉はうまいなあ」と言って


いるのには驚いた。三十年以上たっても松葉杖をついてモルヒネを渡す女性の痛ましさは変わらない。


ずば抜けた筆力であるが、まだ他人のことには少しも考えが及ばず密かに自分が世の中で一番偉い


と思い、人前で食事がよく出来なかったり、初めての店で店員と口を利くことができないのは自分だけ


だと思ったり飽きもせずに鏡で自分の顔を眺めるのが好きなナルシシズムが似合う若者ならいざ


知らず、いい年になると「神に問う、信頼は罪なりや」と言われても困ってしまう。


多分、太宰は生きるのに不適な畸形の人間だったのだと思う。愛情の欠損だかなんだか原因は


よく知らないが生きるのには不適だったのだ。であるがこのような人間は人類史上、太宰治だけ


ではない。人間にただ一人の例外などいるわけがない。多くの生きるのに適さない人間がいたし


現在もいるのだろう。彼等は犯罪者になったかもしれないし早々に自殺でもしてこの世から去った


かもしれないし、実りのない人生を送って年老いて死んでいったかもしれない。


ただ書くこと、優れた表現力によって人間にとって普遍的な問題のように錯覚されてしまうのが


困ったことだ。


この小説の主人公はやたら女にもてるということがポイントだが、実際の太宰治はどうかという


とお相手は湿った文学少女ぐらいだったようである。昔、神話的できごとだった吉本が奪い取った


他人の奥さんはどんな美人かと思ったら、柴田理恵に良く似たなんとなく意地の悪そうな女の人


でありゃと思ったことがある。


大体、そんなものだ。小説家が世の中で一番えらいなんてことは絶対ない。


最後のほうに、ハイボールを飲んだ云々という記述があり戦後すぐでもハイボールがあったのか


と思い、自分の好きなハイボールがこんな陰気臭い田舎者の書いた小説に出てきてがっかりした。