新潟市内を車で走っている時に偶々見つけた美術館で『北大路魯山人展』をやっていた。
魯山人という人に対する僕のイメージは
「美食が高じて自分で器まで焼いちゃった、ちょっと偉ぶった偉い趣味人」
という程度のもので、特に興味があった訳ではない。
その日も、もし隣にもう一つ美術館があって、そこで『歌麿春画展』でもやっていたら、そちらに入っていたかも知れない。(それはないか。)
1時間半後、僕は呆然として展示室を出た。
陶芸、漆芸、書、篆刻、絵画と、それはそれは圧倒的な量と質だった。
特に陶芸の素晴らしさには目を見張った。
殆ど全ての作品が僕の足をそこに止めさせた。
美の洪水から逃れ出るようにミュージアム・ショップに辿り着いた僕は、早速この本を購入した。
巷間、傲岸不遜の権化の如くに言われる魯山人の(勿論そういった面は認めつつ)、苦悩や落胆、或いは愛情や臆病さといった「B面」にも、筆者は心を砕く。
そういった意味では「魯山人擁護論」という感もあるのだが、読者の僕は何しろ魯山人その人自身への先入観はほぼ無く、その作品にすっかり魅了されて手に取った本なので、終始「こちら側の人間」として
読み進めていた。
数奇な生い立ち、突出した才能と称賛、華やかな交遊、世離れしたエピソード、自信、挫折、信念。
650頁に及ぶ大作は、おびただしい文献と取材に基づく労作だった。
しかしわずか650頁くらいでは、この巨星の全容は僕には茫洋としたままなのだ。
