いっぱしの社会人なら当然わきまえているはずの道理だが、男らしさを勘違いしている男子は絶対数は少ないようだが、案外みかける。
孟子の言葉を捻じ曲げて解釈した「男子厨房に入らず」という戯言を鵜呑みにするなどはその典型例だろう。
そういった勘違い男子には大抵の場合共通点があるという。
それは、会社などで普段から上目使いの自分の態度にいらだちを感じている場合が少なくないという。
お粗末な話だが、社会的なルールや行動パターンについて思考をする習慣を身に着けていないとそうなるのかも知れない。
相手を気遣う義の心と上司に媚を売る偽の心とは根本的に違うし、両者の区別は一般的な社会常識があれば見分けがつくものである。
最近ニュースなどで見かける自民党の目立ちたがりの大臣や古参議員などはその典型例だろう。
そういう勘違い議員に限って「教育勅語がサイコー」などと訳のわからない屁理屈をならべたがる。
脳の回路が切断している議員連中の話はともかくも。
そもそも、お金は物の代用として使用されている。
元をただせば、売買とは物々交換が基本なのである。
物々交換ではどちらが偉いとかいう次元の話ではないことが直感できるだろう。
相手が自分の物を気に入らなければ、断られるのは当然のこと。
このことが理解出ていないと、お金を払う客は偉いんだと大きな勘違いをする連中が出てくる。
自由取引の世界では、お金を払うこととサービスを受けることとは対等関係であり、客と店員も対等関係であるのが大原則なのである。
また、これを日本的精神論の面から言えば、無料だろうが有料だろうが、サービスや商品を提供してくれた相手に対して、感謝の気持ちを表すのは日本人としてごく当然のこと、もっと言えば、義務と考えるべきだろう。
それが嫌なら、製造・生産からすべてを自分一人でやるしかないし、日本人を辞めて得体の知れない外国人になるべきだろう。
武士道が礼に始まって礼に終わると言われるのも、実に人間社会の道理にかなた生き方なのである。
それがもっともリスクの少ない日本人独特のサバイバル法でもある。
『私と高校生の息子は、レジの店員さんに
「ありがとう」の一言が習慣になってます。
態度が悪い店員以外には、必ず言ってると思います。
この前、親子3人でコンビニに行った時に、
旦那が息子に「男のくせに店員にへこへこするなよー」と、言いました。
旦那いわく「レジはお金もらってしてる事」だから、客がわざわざお礼を言う必要は無いらしいです。
私自身、接客業を長年していたこともあり、
「ありがとう」の一言で救われた経験もありますが、言ってくださるお客さまに対して「へこへこ」してるなんて思った事ないですが、
そんなふうに思うのが、普通なのでしょうか?』