漫画家小林よしのり氏は、私人であるのでこのブログでは批判の対象外であるが、マツコデラックスを擁護する下の記事の論理が破たんしているので少し言及しておこう。
1.国会議員は国家権力者?・・・NO!
「N党・権力者」という記述があるが、意味不明である。
下の記事では、「国会議員=権力者」と考えているらしい。
国語辞典によれば、「権力」とは「一般にある主体が相手に望まない行動を強制する力である」とする。
通常、「権力」と言えば「国家権力」を意味し、「国(特に行政府)vs国民」の対立構造を前提とする。
そもそも国会議員は、選挙で選ばれた国民の代表であることから、そのスタンスは国側ではなく国民側にある。このことから一国会議員を「権力者」と呼ぶのは妥当性生を欠くだろう。
これをマツコ・デラックス悪口騒動についてみると、悪口を言われたN国党・立花孝志議員は国会議員であり、約98万人の国民の代表であり、実行可能な国家権力を持つ行政府とは異なり、マツコ・デラックスの自由を制限する権力は何一つない。
下の記事では言葉の定義が、恣意的であいまいであることが間違いの元だろう。
2.誹謗中傷への説明要求は言論弾圧か・・・NO!
マツコ・デラックスが、番組中に吐いた言葉はN国党に対する政治的批判であれば、それほど問題では名かった。マツコ・デラックスが公共の電波を使ってはいたのは、恣意的な「悪口雑言」であったことが重要なポイントである。
批判と悪口雑言は、全く別モノである。
「あの人気持ち悪い」「(投票者たちは)ふざけ半分で入れたのが相当いる」などは、論理に基づいた政治的政策的批判とは別次元である単なる侮辱的な発言である。
たとえ相手が公人であったとしても、公共の電波を使うTV番組で顔のつくりや表情について「気持ち悪い」など個人の主観に基づいて誹謗中傷するのは、表現の自由(憲法21条)の範囲外であることを知るべきであろう。
下の動画は消されるかも知れないが、マツコの隣のおばさんが「見た?顔・・・」。続いてマツコが「気持ち悪い」を連発する映像がある。
したがって、この侮辱発言に対する謝罪ないし説明を求めることは言論弾圧とは次元が違うのである。
しかも、立花代表は、自分のことはいいが、投票してくれた98万人の国民を愚弄するのは許しがたいと大人の対応をもって発言している点も注目に値するだろう。このあたりの攻めは確かにうまい。
このブログでは恒例のフレーズだが、ミソとクソを一緒に論じる頓珍漢な論者は、論理学を基礎から学んだうえで主張すべきだろう。
そういう意味では、下の記事は、批判するほどの価値はないといえる。
小林よしのり氏が既得権益・権力ヨイショの文化人ではないと信じたいが、今回の騒動の大本は、マツコデラックスが公共の電波放送であるTOKYO-MXの生番組中に、特定政党や立花代表、有権者に対して不用意に吐き捨てた悪口雑言にある。
たしかに、立花代表の言動は激しいものがあって引く部分もあるが、その主張は正論としかいいようがない。腑に落ちないのは、本来スルーすべき政党に対する悪口をマツコデラックスがなぜここまで強く言いつくすのか。ある意味不可解ではある。
動画が見られるサイト
↓
https://togetter.com/li/1388646
『小林よしのり
2019年08月13日 15:34マツコ・デラックスはN党・権力者の言論弾圧に負けるな
N国代表がマツコデラックス生出演のTV局前で、1時間マツコ批判演説を続けたという。
マツコがN国を批判したことに腹を立てて言論弾圧をしているのだ。
これこそ、テレビで取り上げるべき問題だと思う。
なにしろ「国会議員」という権力者が「一国民」の批判に対して、直接職場に押しかけて、圧力をかけているのだ。
N国代表は数々の特権を持つ国会議員である。
もう権力者の側にいるのだ。
主権者たる国民によって仕事をさせてもらえる身分なのだ。
マツコ・デラックスはたくさん税金を払っているだろうから、N国代表はマツコに食わせてもらっているのだ。
なぜマツコの言論を弾圧できる?
権力者が国民の言論を封じる、これを「言論弾圧」という。
マツコは「言論弾圧」に負けてはいけない。
自由にN党を批判せよ!
やはりN党には「公」がないのである!
』(blogos)
https://blogos.com/article/397514/