あの戦争に「大義」はなかったのか? 岩田温 ~ 重要なのはその大義名分を掲げて何をしたかである | popo♪のブログ

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孔子も孫子も「治世救民」を天命として我欲のカケラもなかったそうです。「季布の一諾」が座右の銘として、孔子、孫子、老子、司馬懿に学んでいます。
ささやかながら幸運をお分けします。

下の記事では、大日本帝国が、太平洋戦争に突入したのは「アジア人差別」に抵抗するという大義名分があって、帝国臣民はこれを支持したと主張している。

1.大義名分はあったか?

どんな戦さに大義名分はつきものである。

かのヒトラーですら「ドイツ民族の解放」という大義名分を掲げていた。

ただ、「大義名分」というものは、ただのお飾りだったりすることが少なくない。
例えば、実際、ナチスの行いは、ドイツ民族だろうが、ユダヤ民族だろうが、批判者はすべて処刑されるという、その大義名分とは遠くかけ離れていたとされる。

これは、帝国軍部もほぼ似たようなものであるともいわれる。

「大東亜圏民族」の解放という「大義名分」を掲げていたが、南京虐殺の人数は争いのあるところだが、帝国軍人による略奪、虐待、虐殺など少なからずあったという話をたびたび聞いたことがある。

品行方正なメルヘンチックな軍隊などどこにも存在しないのである。

2.国民も太平洋戦争を支持していた?

明治維新から日本国憲法ができるまで、帝国に国民は存在しなかった。
居たのは、天皇の臣民(皇民ともいう)だけである。

つまり、天皇の家来である臣民には、大権による開戦に反対する自由も権利もなかったのである。
というより、否応なしに支持するしかなかった。

これが、当時、臣民の雰囲気は、帝国軍部やメディアの作り上げた戦争プロパガンダ(広告)によって原因づけられたという指摘の基礎となっているという。

見方によっては「騙された」、「洗脳された」と言えなくもないだろう。

下の記事では、この点を見落とし、臣民の責任を問わんとしているのだろうか。

そもそも現在の国民とは存在自体が異なる当時の帝国臣民の責任について論じるなどは、意味のある話とは思えない。

下の記事の筆者は、一体、何が言いたいのだろうか。
誤解と回りくどさでそれが見えて来ない。


『本当にあの戦争に「大義」はなかったのか?
    岩田温 2015年08月13日 09:11

 毎年、8月15日が近くなると「あの戦争」についての言及が多くなる。書店でも戦争関連の書籍を多く見かけるし、テレビでも戦争関連の番組が増える。
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     私は日本の戦争が解放戦争であり、アジア諸国民こそ、日本に感謝せよ、などと極端なことを主張したいわけではありません。日本にも理由があり、そのうちの大きな一つが「人種差別」の問題だったと訴えたいだけなのです。
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政治的な判断から、極めて難しいことなのだろうと思うが、首相が談話を発表するのならば、多くの国民がある種の大義名分を信じ、支持していたという事実くらいには言及して欲しいと願うが、所詮叶わぬ夢なのかもしれない。
』(blogos)
http://blogos.com/article/128026/