BLOGOSアーチャリーインタビューにみる記者の質問と応答への疑念~父麻原彰晃譲りの巧言? | popo♪のブログ

popo♪のブログ

孔子も孫子も「治世救民」を天命として我欲のカケラもなかったそうです。「季布の一諾」が座右の銘として、孔子、孫子、老子、司馬懿に学んでいます。
ささやかながら幸運をお分けします。

松本智津夫死刑囚の三女アーチャリーの心境については、多少の興味があったので、BLOGOS記事をよんでみた。

ゴー宣道場のよしりん塾頭は、三女を非難するのは親の罪を子に問うもので時代錯誤だと
一般論で反論する。
しかし、下の記事を読む限りは、三女アーチャーとその父麻原彰晃死刑囚がダブって見える。

また、松本智津夫死刑囚の四女が匿名で、三女アーチャリーの手記を全てでたらめだと言い放っているのも興味深い。

結論から先に言えば、三女アーチャリーの話は、語るに落ちた感がある。
「策士、策に溺れる」の言葉通り、話のすり替えが目立つ。

四女の指摘は信ぴょう性があるだけでなく、公安がアレフと三女アーチャリーを今なお監視を続ける理由がより鮮明になった気がする。

これは、ISIL日本人人質事件で戦場ジャーナリス常岡浩介記者の出国を妨害した公安の軽々な動きとは、天地の差があるように見える。

まず、気になったのが、このBLOGS記者の言葉遣いである。

「ご著書を拝読すると・・・」「報道の行き過ぎがあった・・・」などなどこの記者は、教団の広報担当者かと思えるほどの気遣いを見せている。

総じて、この三女の言葉の中に、坂本弁護士をはじめとする殺人教団の被害者となった多数の人々への追悼の念、悲哀の情を感じる言葉は一言もなかった。
そればかりか、松本智津夫被告が教団幹部から責任を負わされ、無実の罪を着せられたとの擁護論の展開に終始している。

現在の三女とアレフの関係が明確でない以上、三女の謝罪が必要かどうかはわからない。
しかし、政治家が責任逃れでよく使う言葉「考えていきたい」の連発には、少なからず違和感を感じる。

三女の言葉をつぶさに観察していると、父麻原彰晃譲りの巧みに論点をすり替える手法を用いているのが見て取れる。
また、テロ事件は幹部のせいだと言わんばかりの責任転嫁やテロ事件もまるで他人事のような口ぶりは、父親譲りのように見える。

一例をあげれば、「洗脳されているなら男女の関係はないはず」という部分をとっても、「洗脳」と「催眠」の概念を混同させようとしているのがわかる。

国語辞典には、「洗脳とは
ある人の思想や主義を、根本的に変えさせること」とある。

つまり、「洗脳」は、男女関係や娯楽などの「単なる日常生活での立ち振る舞い」とはあまり関係ない部分での価値観を変えることである。

たとえば、「麻原彰晃は絶対的な存在である」という、ある一部の基本的な価値観を信者に埋め込んでしまうだけで「洗脳」としては十分なのである。

こういう巧言令色を駆使する者のアラを探し出すのは、口頭の場合、よほどの記憶力がないと難しい。
が、文章になったものを読み返すと、案外、その矛盾点や疑問点が湧き出てくるのに気が付きやすい。

そういう意味では、下のBLOGOS記事は、三女アーチャリーのオウム真理教正当後継者としての思考が覗けて面白い。

三女は大学で心理学を学んでいるとのことだが、正大師として求められるスキルの1つなのかも知れない。

そう考えると、公安がアレフ、三女の監視を続けるというのも納得できる気がする。

この三女の発言、記者の質問を文字通りに受け取るわけにはいかないことは確かだが、三女アーチャリーとアレフの危険な香りを運んでくれたインタビュー記事ではあった。

安倍晋三の暴走、ISIL事件、検察のねつ造などなどの社会情勢が不安なときほど、殺人教団が機に乗じて活動を活発化させるおそれもある。

テロは外国ばかりとは限らない。


『「教団内の中と外は、それほど大きく変わらないものだった」~"三女アーチャリー"こと松本麗華氏インタビュ    BLOGOS編集部   2015年03月23日 07:09

・・・・・・・・・・・・・・・・
松本さんに本書を執筆することになった経緯や、自身が体験した教団内の実態について話を聞いた。

  「三女アーチャリー」ではなく「松本麗華」として生きる

 ―今回、著書を執筆し、ご自身の考えを社会に訴えていこうと考えたきっかけ、動機を教えてください。

  松本麗華氏(以下、松本):元々は父の裁判で何が起こっているのか、を記録として残したいという思いがありました。自分自身、生きていく道が見えていなかったので、生きている間に、それだけでもやっておきたいと思ったんです。
・・・・・・・・・・・・・・・・
―オウム真理教は犯罪者集団であり、松本死刑囚はそのトップという認識を持っている方がほとんどだと思います。
 ただ一方で、ご著書を拝読すると、一連の事件後の教団や麗華さんをめぐる報道では、行き過ぎたものや誤ったものもあったと思いました。オウム真理教や関連団体に対するメディアの報道をどのように見ていますか?松本:メディアの報道は「わかりやすさ」を求めすぎているように思います。「犯罪者集団なら犯罪を起こすのが当然ですよね、当たり前ですよね」と。そういうものを求めているのではないでしょうか。

 最初から“ストーリーありき”での情報集め、証拠集めになっているものも多いと思います。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 本の中でも書きましたが、教団幹部は、拘留中の父のメッセージを改ざんして、父の希望を私たち家族に伝えることはありませんでした。
これは、「教祖が絶対だった という教団幹部の主張が嘘だったことの証明だと思います。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
-3月20日は地下鉄サリン事件が起きた日でもあり、メディアでもオウム真理教が引き起こした様々な事件について報道されると思います。事件のご遺族の方々への率直なお気持ちをお聞かせください。

松本:「率直に…」、「率直に申し上げられるぐらい」簡単なものではないと思います。ご遺族の方にも様々な方がいらっしゃいますし、私はそれを知ることしかできない立場で、報道を見れば、一生懸命見ます。ただ、なんと言いますか向き合っていかなければいけない。

 ご遺族が苦しまれているという現実には向き合い続けなければいけないし、オウム事件がなんだったのか。どうやったら、このような事件が起きないのかということについて、考えて、考え続けていこうと思っています。
―今回のご著書をどういう方に読んでほしいと考えていますか?
松本:本当に多くの方に読んで、もう一度事件とはなんだったのか、考えてほしいと思います。特にオウムに関わった方々については、読んで教団や事件について改めて考えるきっかけにしていただければと思っています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
―これからもご自身は、アレフの幹部だと認定されたことや報道などについて法廷を含め、闘っていかなければいけないことになると思いますが。

松本:出来ることは何でもやりたいと思っています。これから、どういう人生が待っているかわからないですが、自分が出来ることは何か、と考えながらやっていくしかありません。
 家族については見守るしかないとは思っています。家族のことだけではなく、今もいろいろな事件が起こっていますし、その中で、何かわからないのですが、自分が出来ることを考えていきたいですし、何かお話が合った時にはしっかり考えていきたいと思っています。(3月18日、都内にて)』(BLOGOS)
http://blogos.com/article/108391/