赤木智弘『親の純粋な良心が、子供を危機に追い込む』という奇をてらった論理のナンセンス。 | popo♪のブログ

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孔子も孫子も「治世救民」を天命として我欲のカケラもなかったそうです。「季布の一諾」が座右の銘として、孔子、孫子、老子、司馬懿に学んでいます。
ささやかながら幸運をお分けします。

「親の純粋な良心が、子供を危機に追い込む」というよくわからない題名の記事が出ている。

大阪で起きた、NPOによる幼児の死亡事故(?)が、「親の純粋な良心」が原因だとする記事のようである。

この事件を見ると、「親の純粋な良心」が危険なわけではない。

他人の言動を盲目的に信じ、子供の扱いをすべて任せてしまうという他力本願的な行動こそが、危険なのである。

この記事の筆者は、「内心」と「行動」とを混同している節がある。

「純粋な良心」は通常、非難の対象とはならない。
これとこの事件で親の取った行動、すなわち「依存型行動」とは区別する必要がある。

簡単に言えば、自分の頭で考えることをせずに、他人を盲目的に信じて任せてしまう「お任せパック的な行動」こそが、もっともリスキーなことであることを示している事件だと言える。

子育てにおいて、何が正しくて何が間違っているかは、実のところ誰にも分らない。

たとえば、放任主義。
この教育方針で、成人して立派に世の中に役に立っている人もいれば、犯罪に手を染める者もいる。
ほんの些細な出来事のように見える事柄が、その人の人生に多大な影響を与えることもある。

今も昔も流行りの子育て理論が、その親子にとって好ましい結果をもたらすかどうかは誰にも分からない。

子育てに悩みつつ、子供を守りつつ、親子の生活を続けているのが、普通の親だろう。

欲をかかずに、普通のやり方で、普通に育てれば、親子への危険は少ない。
欲をかけば、見返りも大きいかもしれないが、それだけリスクも大きくなる。
たとえば名門私立中学受験。
これがいいとは限らない。

どちらをとるかの判断は、親の責任だろう。


『赤木智弘
    2014年09月16日 08:38
親の純粋な良心が、子供を危機に追い込む

 大阪で、子育て支援NPOの代表によるマッサージを受けた生後4ヶ月の子供が死亡した事件。
 どうやら、そのNPOでは「ズンズン運動」という体を揺さぶる運動法を子供に行っているようである。
 このNPOでは2013年にも施術を受けた子供が死亡していたようで、施術と死亡の関係を警察が調べているという。(*1)
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 家という密室の中で、親が子供を支配する。そんな環境のなかで正しい子育てを迫られる親たちには、気づけないことがたくさんある。それに親が気づくためには、子育ての場に色々な立場の人を立ち入らせる必要がある。

 しかし、昨今「子供の安全安心」が問題となる中、親以外の大人は危険因子として子供から引き離されがちである。子供を「親の所有物」ではなく「社会の中に存在する個人」として扱うために、どのように客観的な視線を親子の間に加えていくべきか。今回のような事件を減らすためには、そうした考え方が必要になってくるはずである。』(blogos)
http://blogos.com/article/94551/