この上告審判決文(最判平24..2.20 金築誠志裁判長)は、まだ読んでいないが。
日本の刑事裁判例では、被害者よりも「被告人の人権を」という妙な人権意識が少なくないという。
これまでの裁判官は、死んだ被害者よりも、生きている加害者が大事と考えているらしい。
たしかに、未成年者は、是非の弁別が未熟だあり、更生の余地が大きいともいえる。
しかし、被害者やその遺族にとって大事なことは、犯罪被害の大きさであって、年齢などの加害者の事情とは関係がない。
この犯罪被害の大きさは、一般人にとっても同様に重要なことである。
なぜなら、被害者やその遺族は、一般人だからである。
差し戻し前の高裁判決を始めとする多くの刑事裁判官は、このことに気が付いていないのではないか。
日本の裁判官は、一般人の感覚からズレているといわれる所以のような気がする。
裁判員による裁判なら、早々に同じ結論が出ていたような気がする。
今回の差し戻し上告審では、上告棄却でようやく一般市民の法感情と合致した判決が出たという安堵感がある。
ご遺族の辛さを量ることはできないが、遅すぎる裁判のあり方は改革の余地があるだろう。
この事件とAKB母親事件とにある意味、共通点が見えるような気もする。
教育現場にとどまらず、大人を舐めきった子供たちが増えつつあるという。
大人は、子供たちに対しても、毅然とした態度を示さねばならない責任がある。
大人と子供の違いは、知恵と精神力だろう。
先ずは、大人の世界から、けじめをつけることが大事だろうね。
『光市母子殺害事件、元少年の死刑確定へ 最高裁が上告棄却 2012.2.20 15:07 [刑事裁判] 産経ニュース
平成11年の山口県光市母子殺害事件で、殺人や強姦致死などの罪に問われ、20年に広島高裁の差し戻し控訴審判決で死刑とされた元少年(30)の差し戻し上告審判決で、最高裁第1小法廷(金築誠志裁判長)は20日、元少年側の上告を棄却した。
死刑とした広島高裁の差し戻し控訴審判決が確定する。
事件は、犯行当時18歳と1カ月だった元少年への死刑適否をめぐって、法廷の内外で議論を呼んだ。事件発生から13年を経て、審理は事実上終結する。
永山則夫元死刑囚の第1次上告審判決で最高裁が死刑適用基準(永山基準)を示した昭和58年以降、少年事件で死刑が確定するのは4件目で、殺害された被害者が2人のケースで死刑が適用されるのは初めて。
1審山口地裁、2審広島高裁は、年齢や更生可能性などを理由に無期懲役としたが、最高裁は18年6月、「犯行時の年齢は死刑回避の決定的事情とまではいえない」として、審理を広島高裁に差し戻した。20年4月の差し戻し控訴審は「極刑回避の事情はない」として死刑を言い渡し、元少年側が上告していた。
差し戻し控訴審判決によると、元少年は11年4月14日、排水検査を装って本村洋さん方を訪問。乱暴目的で妻の弥生さん=当時(23)=の首を手で絞めて殺害し、長女の夕夏ちゃん=同11カ月=も首をひもで絞めて殺害するなどした。 』(msn news)
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120220/trl12022015050005-n1.htm