簡単にいうと、日本を1都1道2府43県じゃ多すぎるので、これを一旦全部チャラにして、10個くらいのブロックに分けて管理しようというのが、『道州制』という制度らしい。そこでは、細かい地域性とか県民性などはごっちゃにして、大雑把に分割されることになるらしい。やや近未来型のマンガチックな都市づくりかなあ。アソウ君が喜びそうな。茨城も栃木もなくなるってことか。ちょっとムチャクチャな気もする。
『経団連、社会保障や道州制で民主に要望へ ~ 日本経団連は14日に正副会長会議を開き、新政権を担う民主党への要望書について協議する。社会保障制度や税制改革、財政健全化を推進し、国民生活の安心感を高めることを主張。・・・』(NIKKEI NET)
推進派の大前クンのコラムを読んでみた。大まかにいうと、「中国は地方分権で経済的発展をとげ、ロシアは中央集権でなかなか発展できない例をあげて、だから道州制が必要だ。説明すると反対者が増えるので黙ってやったほうがいい。」のようだ。おお。抽象論と独裁者的発想。これは、まさに霞ヶ関の論理と同じだろうね。
そこで、詳しそうなS君の意見を聞いてみた。彼は、今のところ、どちらとも言えない派らしい。
「推進派は、道州制と都道府県制の長所、短所をあげて説明すべきだろう。それがされていないあたりが、地デジ制度と同じく、庶民の知らない所で儲けを独占する利権団体ができるのではないか。そんな疑惑が出てくる。われわれ庶民にも、経験から身についた『ある組織の行動をはかる物差し』というのがある。その一つが、『政府や団体が、今までのシステムを変えようとするときは、建前の目的の裏には、実質の目的を持っている。それはだいたいごく一部の者の利益にしかならない。』というお決まりのパターン。これによると、この道州制はどうも怪しい。阿部内閣のときに計画が作られたというのも怪しい。地方分権化は、今の都道府県制のままでも、霞ヶ関の権限を地方自治体に譲ればすむ。それをしないで、一足飛びに、道州制導入をしようというのは怪しすぎる。これは、経団連などの一部の利権団体が、決める性質のものではない。国民が十分に考えて決める問題だろうね。政権政党に要望書を出す前に、もっと具体的に丁寧に大衆に説明する努力をするのが筋だと思うね。」
そうか。あまり関心も知識もなかったが、経済界がやりたがっているとなると、裏に利権がらみもありうるだろう。難しい問題だ。というか、道州制推進より前に、やるべきことがあるだろうという気がする。