毎日熱い戦いが繰り広げられてる甲子園球場メラメラ

僕も高校生の頃は、あの甲子園を目指す高校球児でしたニコニコ

それもあってか、この時期は暇さえあれば仕事の合間に高校野球中継をチェックべーっだ!

夜は、 熱闘甲子園 がお決まりのコースグッド!

何がいいって、

やっぱ負けたチームはその時点で野球部を引退する。

監督さんとはもちろん、そのメンバーで野球をするのはこの甲子園が最後汗

その思いが伝わってくるのがたまらないショック!

取れるハズもないボールにがむしゃらに飛びつく。

アウトとわかってるけど、一塁にヘッドスライディング。

みんなとまだ野球がしたい。

このメンバーで一緒にやりたい。

この思いがきっとそんなプレーを生むんだと思う。


負けたチームは、そこで終わり...。


ただ、彼らの野球人生が終わったわけではないアップ

負けたチームのエースのインタビュー。

「このままでは終われないです。まだやれるってことを上(大学)に行って見せたいです。」


実は、僕もまったく同じことを高校生の時に思いました。

夏の予選に負けた後、みんなが泣きじゃくる中、何故か僕は涙が出なかった。何故かは、そのときの自分にはわからなかったけど。

それで、大学で野球を続けることを決意ビックリマーク

そのとき、理学療法士になるということは決めてたけど、

「今しかやれないこと」

を選んだのです。


僕の行ってた大学は、部員120人の大所帯。ピッチャーだけで30人以上いたので、Aチーム(1軍)、Bチーム(2軍)、Cチーム(故障者)とに分かれます。

3年の秋に、Aチームメンバー落ちをいい渡されました。

それは、すなわち引退を意味します。

ただ、僕の場合、

幹部(チームの全てを決定している人たち)から、ピッチングコーチとしてチームに残ってくれないかという話しをもらいました。

散々、悩んだ挙句、みんなの力になれるのであればという思いから、ピッチングコーチを引き受けました。

その後、春のキャンプを経て、リーグ戦で見事優勝アップ

明治神宮大会(大学の甲子園みたいなところ)に出場することができました。

結果は、前に横浜ベイスターズにいた吉見投手擁する東北福祉大学に惜敗...。

試合の後、ミーティングが終わると、ピッチャー5人が僕のところに来てこう言いました。

「お前がいてくれたから、ここまで来られたわ。ありがとう。」


肩を抱き合って、泣きじゃくりました。


高校での夏の予選の敗退の後は全く涙が出なかったのに、この時は、涙が止まりませんでした。

とうとう僕の野球人生も終わりなんだ。

自然とそう思えたのです。



今日も最後まで読んでくれてありがとうございます音譜


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