pmkrhrのブログ

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日々の雑記。自分の過去を振り返るため用です。

20代のころ見た夢でいまだに覚えているものがあって。

 

お坊さんと囲炉裏を囲んでいて。

「覚」と大きく書かれた半紙を目の前に出されたことがあった。

 

当時は覚醒の覚?と思っていた。

何かに目覚める?と。

 

今日ふとその夢を思い出して一番に思ったのが

覚悟の覚だった。

 

ああ、そっか。覚悟の覚だったんだ。

 

何にしても何をするにも覚悟が必要。

私にはすべてにおいて覚悟が足りない。

だから、後々後悔することが多い。

 

覚悟はできているか?

責任を持てるか?

そう問われていたのかもしれない。

 

数十年経って、しっくりくる答えだった。

 

 

 

本日、とんぼ玉作り体験で浅草橋へ。

集合時間までだいぶあったので、近くを探索しようと思って歩いていたら

偶然、神社に出会いました。

ほんと・・たまたま右を向いたら・・あった。って感じで。

立派な鳥居を目にして、これはお邪魔しないと!と思い

吸い寄せられるようにお伺いしてきました。

 

ちょうど小雨も降っていて、空気が澄んでいて

心地の良い神社でした。

初めてお邪魔した神社でしたが、これからも浅草橋に行ったときは

ぜひ寄らせてください。

 

今ちょうど休職中で自宅から出る機会もほとんどなくて

猛暑も重なって、本来の出不精にますます拍車がかかり

今日の予定も含めいろんなことに憂鬱になってました。

 

そんなところ、2~3日前から急に頭痛と吐き気と悪寒に見舞われて

食事もとれなかったので、もう浅草橋まで体力持つかほんと自信がなかったのです。

今まで元気だったのに、急に具合悪くなるとか・・なんで?と。

ですが、ずいぶん前から決まっていた予定でしたのでキャンセルするわけにはいかんと。

暑いけど・・調子悪いけど・・勇気を振り絞って出かけました!

 

がんばって出かけてよかった。

ちなみにおみくじは・・大吉でした♡

 

とんぼ玉作りに誘ってくれたFさん、こんな私を呼んでくれた榊神社さま。

ありがとうございました。

このご縁に感謝。

 

 

 

 

 

 

 

 

初めて。
休職した・・・2週間・・・。
もう、どうにもならなかった。

薬の服用は抵抗があったけれど、仕方がない。
今は心の回復を優先しないと。

この年になると、過去に似たような人と再び出会ったりする。
あの時、うまく縁を結べなかったから?
再びチャンスがやってきているように思う。

そして、今一番思うのは、立場が逆転した状況がやってきていること。
あの頃、私は14歳上の人に相当失礼な態度をとってた。
自分が自分が!で、だいぶイキってたと思う。
相当きついことも言った。
あの頃の私は、仕事に対する熱量が半端なかったから。

その人が仕事を覚えてくれて、そつなくこなしてくれる頃には
だいぶ頼っていたと思う。大好きな人だった。

会社がなくなって、お互いに退職してからは
私からは連絡をすることはあっても、その人から来ることはなかった。
なんでだろう・・って思っていたけれど。。

そりゃそうだよね。
相手は傷しか残ってないんだから。
やられたほうは忘れない。
自分だけがお気楽だったんだとやっと気づいた。

自分が逆の立場になって、初めて、その人の気持ちがわかった。
因果応報。しっかり受け止めます。

Eさん、あの時は本当に申し訳ございませんでした。
お風呂に入っていた時にふと思い出したこと。

息子がまだ1歳にならない年に義姉夫婦、義母とともに旅行に連れて行ってもらったことがあった。
夏の頃、場所は忘れてしまったけど、避暑地のような緑いっぱいの場所だった。
正直、赤ん坊と一緒の旅行は荷物も多いし大変なことが多いから
乗り気じゃなかったのは覚えている。
宿もお風呂もそれほど問題もなかったのだけれど。。

帰りのにお土産を買おうとなった。
あの時、私の財布には2千円ぐらいしか入ってなかった。
こんなに心細い旅行は初めてだった。
もちろんお土産なんて買う余裕もなく、店の外で待っていたような気がする。
当時の旦那は義姉夫婦にいろいろ買ってもらっていたようだった。
外からその光景を見ていて、疎外感しかなかった。
寂しい旅行だった。

義母と同居だったあの頃、旦那の収入は義母が管理していたので
無職だった私は家計からお金をもらうことはできなかった。
実家からの援助と独身時代に貯めた貯金を切り崩しておむつや離乳食を買っていた。
2千円しか財布に入っていないのに行ってしまった旅行。
そもそも生活に余裕がある人が行くものなのに。

身の程知らずだった。
みじめで仕方がなかった。
悲しかった。
恥ずかしかった。

未だに消化しきれない感情の一つ。


7/1~ランクが一つ上がって
11/1~さらにもう一つランクが上がった・・・

気楽にやってられなくなった。
のんびりやってますなんて言えなくなった・・
今は不安しかない(笑)

最後のキャリアアップだと思うので一生懸命がんばる。
が経過しました。
55歳って区切りなんでしょうか。
前職までは野心があり、上に行くことが目標でしたが
そんなものは無く、ゆる~く穏やかにお仕事させてもらっています。

M部長が
「定年前の数年は恩返しの気持ちで働いている」
って言っていたことを思いました。
今までの経験や知識を今度は次の人たちに渡していく。
そのころはピンとこなかったけれど、今すごくわかります。

こんな穏やかな気持ちでM部長は日々過ごしていたんだろうか。
昇格や評価に追われる日々はやりがいもあったけれどプレッシャーも相当だった。
とがってたあの頃が嘘のようにスルリと削げ落ちた。
そんな感じ。



お悩み相談のようなものを見たのをきっかけに
昔の古傷を思い出した。

小学校に上がる前、入学準備として上履き入れを母と買いに行った。
駅前の履物屋さん。

少女まんがの絵柄で赤いビニールコーティングされた上履き入れ。
とてもかわいかった。
学校に持っていくのが楽しみだった。

ところが、入学間近になって私の上履き入れは無くなっていた。
近くに住む親せきから101匹わんちゃんの上履き入れを
もらったからそれを使うよう言われた。
2つあっても仕方がないから同い年の大家の弥生にあげたと。

今でも覚えている。
艶消しのエンジ色した上履き入れ。

101匹わんちゃんが嫌いなわけではないが、当時ディズニーに
ハマっていたわけでもなく、少女まんがの絵柄のほうが好きだった。
自分で選んだもの。
持ち歩くのが楽しみだったのに。

何十年経ってもあの頃の無力な子供時代を思い出す。
泣いて抗議したところで私の要求なんて通らなかった。
力でねじ伏せられたあの記憶。
2年も持ち歩かなければならなかった。
どうして、自分が選んだものを勝手に
簡単に人にあげてしまうんだろう。

1年生がエンジ色なんて喜ぶと思ったのか?
101匹わんちゃんに罪はないけれど、嫌で嫌で仕方がなかった。
好きでもない持ち物を2年間も持たされたあの頃の私は
今でも泣いているんだと思う。
ないがしろにされた記憶。
軽く考えられていた子供の気持ち。
行き場のない悔しさ、悲しみは今もここにいる。

母に会わなくなって10年以上が経過しているが
今でも大嫌い。
思い出すと怒りで震える。

本当に悔しかったんだ。




時効が10年だと、最近知った。
すでに12年が経過。

気にかけることも、思い煩うことも、
とっくのとうにしなくて良かったんだ。
昨年のSPI-3Gテストは見事不合格でした。
合格して正社員になりたい自分と、正社員になったら有無を言わさない異動が付きまとう
という現実が待っていることに気持ちがブレブレだったのが要因かと。

どちらにしてもそれが今の実力なので納得しています。
二股に分かれた道は、転職へと向かいました。

これだけはやり切ってから退職しよう。
そう決めていた案件を片付け、少し抜け殻になったところに後任が着任。
引き継ぎでバタバタしているうちに3月初旬、最終日を迎えました。

感傷的になっていたのは不合格が告げられた後数か月だけだったかも。
残りの1か月は引き継ぎしつつ、本当に辞めるんだよね?という
これからも続くような錯覚と区切りのない毎日でした。
最終日ですら実感が湧くことなく・・終わった感じで。。

約6年、短い間でしたが大変お世話になりました。
大企業だったせいか、みんなやさしく温かい人ばかりでした。

同僚でいられる期間は短く、いつ誰が、または自分が突然他局へ異動するかもしれない。
そんな儚い関係だからこそ、互いを必要以上に干渉せず、深入りせず
程よい関係性でいられるのかもしれません。

局舎内の人たちはとても付き合いやすかったです。
ありがとうございました。
近況報告。

先日個人情報保護士の試験を受けました。
難しかったので、再チャレンジな予感がします。

ここ数年、休みの日は何かしらの勉強をしているように思います。
昨年衛生管理者2種も取得し、今度は個人情報保護士の勉強をずっとしていて。

そして、明日結果がわかるのですが
推薦が通ったら、SPI-Gの勉強が始まります。

今日過去の日記を読み返していました。
こんな人生だったんだと。
いろんな波にのまれながらここまでたどり着きました。
数年前の私が今の私を見たらどう思うんだろう。

不安定な雇用状態で働き続けていたことや家族との訣別。
数年続けていたダブルワークを辞めて自分の時間を持つようにしたこと。
更年期の症状が出始めたり、体のフォルムが変わったり。
いろんなことが変化しました。

まだまだ続く私の人生はどうなっていくのかな。
節目節目の決断は・・間違っていなかったように思います。

後悔なし。