ある公爵夫人の生涯 | 今日もこむらがえり - 本と映画とお楽しみの記録 -

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備忘録としての読書日記。主に小説がメインです。その他、見た映画や美術展に関するメモなど。

2008年 イギリス、イタリア、フランス
監督: ソウル・ディブ
脚本: ソウル・ディブ、ジェフリー・ハッチャー、アナス・トマス・イェンセン
原題: The Duchess
 
 
WOWOWにて録画鑑賞。ちょっとゴージャスなコスチューム・プレイが観たい気分。18世紀後半に実在したデヴォンシャー公爵夫人ジョージアナの生涯を描いたドラマ。当時のイギリスで屈指の絶大なる富と権力を誇っていたデヴォンシャー公爵。17歳で嫁いだジョージアナ・スペンサーは、男児を産むことだけを求められ、夫からは彼女の望む愛情は感じられず、夫の公然の浮気や愛人との同居に悩む一方、輝くばかりの美貌と機知に富んだ会話術でイギリス社交界の華となり、政治活動にも参加し若き夢見る政治家との恋愛スキャンダルも起こします。
 
封建的で閉鎖的な当時のイギリス上流社会において、その頂点に君臨しながら激しく、波乱万丈な人生を送った彼女は、故ダイアナ妃の祖先でもあり(厳密にはジョージアナの弟で第2代スペンサー伯爵を継いだジョージに繋がります)、その境遇や生き方からも故ダイアナ妃とデヴォンシャー公爵夫人ジョージアナとを重ねて評されることも多いようですね。
 
 
とにかく18世紀後半において最も裕福な家系の筆頭だったデヴォンシャー公爵家とその周辺が舞台ですから、セットも衣装も豪華絢爛!第81回アカデミー賞、英国アカデミー賞、サテライト賞、全米衣装デザイナー組合賞の全てで衣装デザイン賞を受賞ってそりゃそうでしょう!の説得力。眺めてるだけでスペシャルな目の保養です(*'ω'*)。特に主演のキーラ・ナイトレイのファッションショーは圧巻。豪華。美麗。スタートはまだ婚約直前の、少女時代に終わりを告げつつある初々しいジョージアナ(キーラ・ナイトレイ)。
 
振り返ってみると溌剌とした若さと自信と希望に溢れています。キラキラ。破格の玉の輿話に母のレディ・スペンサー(シャーロット・ランプリング)ももろ手を挙げての大喜び。ジョージアナも、恵まれた縁談に心弾ませますが、まだまだ夢見る乙女。「デヴォンシャー公爵(レイフ・ファインズ)は私を愛していらっしゃるのね!」彼女は結婚に愛とロマンスを信じて疑っていませんでした。
 
 
豪華な花嫁衣裳に身を包み大勢の羨望と祝福を受けて晴れやかな結婚式。ちなみに白いウエディングドレスが定着するのは19世紀に入ってヴィクトリア女王が初めて白いドレスを纏ってからのこと(「ヴィクトリア女王 世紀の愛」ご参照ください)。ですが哀しいことに、ジョージアナの若い夢は新婚初夜から早くも打ち砕かれます。夫はジョージアナとの会話にも彼女自身にも感心も愛情も示さず、ただ義務的な無言の、単純に男児をもうける為だけが目的の毎夜の営み。それは愛情表現ではなく、ただの義務。
 
デヴォンシャー家ほどではないにせよ、スペンサー家の令嬢として何不自由なく誰からもチヤホヤされて過ごしてきたジョージアナにはまさに青天の霹靂、自分のアイデンティティが根底から崩れるような、想像を超えるショックだったでしょう。実母に相談するも「全ては世継ぎを産むまでの辛抱よ。男の子さえ産めば全てがずっと楽になるわ。それまではじっと我慢なさい」と諭され、そういうものかと自分を納得させようとしますが、今度は夫と召使女との情事を目撃してしまってさらなるショック。
 
呆然とするジョージアナに夫は「私のやることは気に掛けるな。お前は早く男子を産んでくれればそれでいいんだ」と平然と言ってのけるし、ジョージアナとの結婚前に産まれた私生児の養育を、母親が死んだから仕方ないだろう、とジョージアナに押し付けたり。それでもジョージアナは夫の私生児を憐れに想い、結局は自分の長女として細やかな愛情を与えて育てることになります。そしてジョージアナもついに懐妊。夫は「弟6代デヴォンシャー公爵の誕生だ」と公言して大喜びでしたが、生まれた子が女の子だと知るや否やあからさまに落胆。娘には一瞥もくれずに益々犬にばかり愛情を向けます。
 
 
母となった美しさが新たに備わったジョージアナ。ゆりかごを揺らして赤ん坊を愛情深くあやすこのシーンの、光の使い方がたまらなく美しいし、キーラの衣装も表情も美しいです(*'ω'*)。特にこの横顔の完璧な美しさに加えて、ピアスがめちゃくちゃ可愛かったので思わずパチリ。ドレス記事の可憐な小花刺繍の柄とも完璧なコーディネート♡ そうですよねー、こういう垂れ下がりタイプのピアスって、美しい横顔とスっと細く長い首筋をもつ女性のためのデザインですよねぇ・・・(T_T)。
 
 
その後もジョージアナは何度も妊娠しますが、生まれるのは女児ばかり、男児は妊娠しても流産してしまいます。ますます広がる夫との心の距離と募る一方の孤独。夫から愛情を得られないばかりか数えきれないほどの浮気、愛人の存在を黙認しないといけないジョージアナの孤独と飢餓感は、ファッションと子供たちへと向かいます。夫のデヴォンシャー公爵は悪人ではないけれども議論や政治を好まず面白味のない人間。政治活動にも資金援助はしますが演説や討論には無関心。一方で女性ながら機知に飛び気転も効き若く美しいジョージアナは政治家たちも社交界の風流人たちもあっとう間に夢中にさせていきます。
 
 
新婚初夜、ジョージアナのドレスを脱がしながらなんで女の着るものはこんなに複雑で面倒なんだとイラつく公爵に、当時の女性は財産の相続権も参政権も家庭で発言する権利すらもなかったわけですから、「女性は、ドレスや帽子や髪型で自分自身を表現するんです」と答えたジョージアナ。有言実行とばかりに、イギリスのマリー・アントワネットばりにどんどんエスカレートしていくジョージアナのファッション。稀代のファッションリーダーとなった彼女は、行く先々で夫よりもずっと注目され歓迎される存在に。
 
まさにマリー・アントワネットを意識したでしょ、とツッコみたくなるこの↑スタイリング^^;。つけぼくろに、巨大パフェのごとくそびえたった髪の毛(まぁカツラですけれど)の上にさらに首から頭のテッペンよりもボリュームありそうな巨大な鳥の羽飾りが突き刺さってます。フレームに収まり切れず見切れちゃってますけれど(笑)。
 
 
大勢に囲まれていても心は孤独。そんな彼女にやっと心を許せる親友ができます。舞踏会で出会ったレディ・エリザベス・フォスター(ヘイリー・アトウェル)。ジョージアナが踊っている間に夫が口説いていた相手ですが、夫の誘いに乗らなかったので興味を持ち、声をかけてみるとお互いに自立心旺盛で機知に富む相手に好感を覚えます。女性同士の友情は、それが真に親友と呼べるほどの相手であれば、絆と信頼が生まれるのに必要な時間はほんの一瞬なんです。そうか、やはり女性って直観の生き物なんですね。
 
 
ジョージアナはすっかりエリザベスに夢中になって急接近。夫の暴力に苦しみ家を出たものの住む場所がなかったエリザベスを自分の家に同居させ、片時も離れず分身のようにベッタリ。このエリザベス役のヘイリー・アトウェル、キャプテン・アメリカの恋人ペギー・カーターが主役のドラマ「エージャント・カーター」に主演した女優さんですヨ。芯が強くて美しいカーター役、ハマってました^^。
 
同じくペギー・カーター役で、アヴェンジャース・シリーズの「キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー」、「キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー」、「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン」にもちょっとづつ出演しています^^。あ、そういえば(まだここには登場していませんが)ハワード・スターク役だったドミニク・クーパーともダブル共演ですね♪
 
誰よりもジョージアナの理解者でただ一人の友人だったエリザベスですが、あろうことか彼女が夫と情事を結んでしまいます。ショックと怒りのあまりエリザベスを追いだそうとしますが、夫がそれを許しません。裏切った親友が、夫と情事を重ねる同じ屋敷に同居し続ける地獄・・・(>_<)。自由で発展的で信念もある女性でしたがエリザベスもやはり時代に無力な女性、彼女がデヴォンシャー公爵を受け入れたのも、苦渋の理由があったんです(T_T)。でもジョージアナはもう、限界。張りつめていた最後の糸がついにプチン。
 
 
未婚時代のジョージアナの熱心な取り巻きの一人だったチャールズ・グレイ(ドミニク・クーパー)が若く有望な政治家の卵となっていました。ジョージアナはチャールズに肩入れし、彼の選挙運動のサポート活動を熱心に行ううちに彼に真実の愛を見出すようになっていました。夫とエリザベスの裏切りの後、さらにその後の屈辱的な出来事の後、数年ぶりに再会したチャールズの胸についにジョージアはなりふり構わず身を投げ出します。
 
 
将来はイギリスの首相となり世の中を変えたいと無法図な夢を語るロマンチストな、夢とロマン以外何の財産も身分も持っていない貧しい若者とのめくるめく情事にジョージアナは没頭していきます。バースに保養に行くと屋敷を出かけたまま、その別荘にチャールズを呼び寄せて世間も憚らず愛し合うジョージアナでしたが、その夢の日々も突然終わりを告げます。
 
 
あまりに大胆な彼らの行動はあっという間に世間の噂となり、世間体を守るために夫が生母のレディ・スペンサー同伴でジョージアナを迎えにやってきます。何もかも捨てる覚悟で拒絶したジョージアナですが、子供たちの為に愛を捨て夫の元に戻ります。でも、ジョージアナの身体に思いがけないことが起り・・・まだまだ、波乱は続きます(+o+)。
 
 
本物のデヴォンシャー公爵夫人ジョージアナの肖像画。なるほど美人ですね。それなりの美化が施されているとしても、何枚もの(彼女は自分の肖像画を描かせるのが本当にお好きだったようで)肖像画を、当時の新聞の風刺画も含めて観て見ましたが、大きくて形の整った愛くるしい瞳とすっと通った鼻筋、小さな可愛い唇・・・といったパーツの特徴は一致しているので、やはり評判通りの華やかな美女だったんだろうなと想像できます^^。
 
本当にドラマのような波乱万丈ぶりですが、でも、ひとつひとつは当時の身分ある女性としてはどれもありがちな苦悩だったと言えないことないような。彼女は、その際立った立場(夫の財力)と、美貌で特別注目を浴びたということもあるんでしょうね。孤独感や苦しみ、プレッシャー、哀しみ、絶望感もかなり感じていたと想像できるのと同時に、見方によっては恵まれた環境と資質を上手に活かし、成約だらけの時代の中でしなやかな強さで可能な限りの自己実現を謳歌した現代的な女性だったという解釈もできます。
 
なにせ財産はすべて夫に帰属するとはいえ、夫は妻に愛情をかけない代わりに(世間体を落とさない限りは)拘束もせず自由にさせていたので、公爵夫人として宮殿のようなあちこちの別邸を好きな時に使い放題、お金も湯水のように使い放題、女王陛下もかくやという程の贅沢三昧。いや、贅沢が心の潤いになるというわけでもありませんが。夫の愛人問題や、男児問題、家に縛られる不自由さはあの時代の女性全員に共通する枷だったのだから、その中でジョージアナはかなり特殊な、恵まれた環境にあったと思われます。
 
 
むしろ、彼女の生母レディ・スペンサーは当時のごく普通の、そしてまっとうに”賢い”女性の典型だったでしょうね。女性は何者も持てず、じっと耐える存在であることを受容し、自分の少ない権利と立場を保全することが第一。跡継ぎの男子を産むという義務を果たし、波風をたてずやり過ごす・・・。ジョージアナに地位も財産もないチャールズ(将来は実際に首相になりあがるんですけれどね)との関係を清算し公爵の元へ戻るよう厳しく叱責したのも、娘への愛よりも冷酷な打算的態度のようですが、それが彼女の信じる「女の幸せ」のための、つまりはジョージアナが道を踏み外して不幸にならないよう、娘の幸せを心から願っての行動だったわけで。
 
 
建前と義務ばかりが優先され、表面的な幸福しか評価されにくい閉塞的な貴族社会で家族であってもお互い本音を語り合ったり相手のことをもっとよく理解しようと努力したりということは難しかったのかもしれません。デヴォンシャー公爵にしても、本当に妻に対して愛情がなかったのでしょうか?事実は確認しようがありませんが、少なくとも映画の中の公爵は、彼なりの方法でジョージアナを愛していたように思われます。最後のこの↑シーン、おそらく初めて夫が気持ちをこめて妻の手を握ったシーンもそれを表わしているように思います。
 
なんといっても、ジョージアナが「公爵夫人」の枠をはみ出さない限りは散々自由勝手にやらせてあげていたし、お金遣いに文句を言うシーンもありません。無関心だったから妻の浪費や行動にも関心がなかったという解釈もあり得ましょうが、少なくともレイフ・ファインズが体現する公爵はそうではないような気がします。怖ろしく屈折した難しい人物ではありますし、好色はもうどうしようもないビョーキのレベルなんでしょうが^^;。莫大な資産を抱える名門のデヴォンシャー公爵家を維持存続するために男児を得ないといけないという義務感とプレッシャーは、現代に生きる我々の想像の範疇を超えるのではないでしょうか。
 
そもそも、最も大切な義務は男児をもうけること、と幼いころからてって的にそういう教育を受けて育ったのだから、女性の気持ちを思いやるとか、女性を感情のある人間として慮り愛情を注ぐなんてことは学べなかったのではないかとも想像します。ほんのちょっとずつ、お互いが努力を重ねることでもっと早くに、豊かな夫婦関係を築けた可能性も感じます。
 
親友が夫の愛人というのも地獄ですが、他所の性悪女にのさばられるよりは、親友が相手をしてくれる方がなんぼかマシという観点もありますよね^^;。恐らく女性は、夫や恋人が自分よりランク上の女生と浮気をするのも悔しいですが、自分以下(と感じる)女性と浮気する方が余計にプライド傷つくような気がします。その点、エリザベスなら申し分ない女性だし、それでいて美貌も夫の地位も全て自分の方が上。自分への遠慮もあるし、夫を上手にコントロールしてくれるに違いないです。
 
夫の愛人としてもしかしたら理想的な存在では。自分自身が夫に対して愛情を感じているわけでもないのだから、なおさらです。むしろ、結託して自分に有利に夫の気持ちを動かせるし。自分の死後、エリザベスを娶るよう遺言したというジョージアナ、奇異に思われるかもしれませんが私としてはしごく納得する部分があるのですが、いかがでしょう。もちろん、他人の無責任な考察は、当人の感情の機微や苦しみには遠く及ばないものですが・・・。
 
とにかく、美しい、美しい、美しい、と「美」の洪水(でも決して悪酔いしません。ひたすらウットリ酔いしれ)。キーラ・ナイトレイは最大限に美しいし、シャーロット・ランプリングの抑えた演技も光っているし、レイフ・ファインズの複雑な演技力も素晴らしいです。ジョージアナがジメジメいじけているだけの女性でもなければ、我が儘ばかりの突っ走り女性でもなく、未熟さと強さと柔らかさと弱さの剛柔あわせもった女性として描かれていて、経験ごとに自分の信念を確立していく成長過程が観られたのもよかったし、デヴォンシャー公爵の隠れた人間味を感じさせているのもよかったです(´ω`*)。
 
 
最後に映画に出てくるワンコ・コレクション。豪華な食堂でとーーーーおく離れた公爵とジョージアナ。の、公爵の側に控える彼の愛犬2頭。この美しいアシンメトリー、どうですか( *´艸`)。
 
最後にもひとつ。ほんのすこしメランコリックを含んだ情緒的で美しい映像だな~とウットリしていましたが、監督&脚本のソウル・ディブは「フランス組曲」も監督&脚本!おぉ。日本には情報届いてませんが2017年にも「Journey's End」という新作を撮っているらしく、とても気になります(´ω`*)。
 
なんだかダラダラと長くなってしまいました。すみません^^;。最後まで読んで頂きありがとうございます。