リリィ・シュシュのすべて | 今日もこむらがえり - 本と映画とお楽しみの記録 -

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備忘録としての読書日記。主に小説がメインです。その他、見た映画や美術展に関するメモなど。

2001年 日本
監督: 岩井俊二
 
 
WOWOWにて録画鑑賞。もう10年位前ですが、仕事の関係で一時期若干の交流(業務上の)があった、それまでもその後も私の親戚縁者友人知人にはいないタイプの独特なクセのある若い経営者の人がいて、共通点は全くないしおよそ社会規範からはみ出たタイプの暴れん坊ですが義理人情に厚くどっか可愛げのある不思議な人でした。その人が、ある時しみじみと、20代の初め頃に「リリイ・シュシュのすべて」という映画を観て物凄い衝撃を受けた、自分の人生が変わったと厚く語っていたのがずっと印象に残っていました。いつか機会があったら観てみよう、と思いつつ今日に至りました。
 
 
中学生になった蓮見雄一(市原隼人)は、別の小学校から上がってきた星野修介(忍成修吾)と同じ剣道部に入り、仲良くなります。家が裕福で成績優秀で児童会の会長、しかも母親(稲森いずみ)が「稲森いずみそっくりの美人」な星野は一見近寄りがたい雰囲気で雄一は最初気おくれしますが、星野は実は小学校の時はいじめにあっていた辛い過去があり、中学校で心機一転、新しいスタートを決心しようと努力していました。夏休みは皆で沖縄の離島に旅行にいったり、中学生らしくやんちゃで楽しいシーズンは、でも夏休みが明けて新学期になった途端に終わり世界が一転してしまいます。
 
 
夏休みの間に、星野の親の会社が倒産し一家離散してしまい急激な環境の変化のストレスにさらされた星野はある日突然、クラスのガキ大将にキレて襲い掛かります。その瞬間から、パワーバランスの下剋上が成り立ち、優等生だった星野は番長的ポジションに。頭が良い分タチが悪く、星野の支配力は周囲の取り巻きの子分を通しより陰湿で熾烈なイジメへと発展していきます。親友だった雄一も、暴力の対象となってしまいます。
 
 
星野だけが中学生の闇の部分を担っているわけではありません。星野が小学校時代から片想いをしていた、雄一も密かに憧れているピアノが上手な久野さん(伊藤歩)は美人で凛としていて男子に人気なため女子グループの一派から妬まれうとまれていて、陰湿な嫌がらせの対象になっていました。嫌がらせを受けても屈せず堂々としている久野の態度は彼女たちの嫉妬心をさらに逆上させ、イジメはどんどんエスカレートしていき、、、。
 
 
万引き、カツアゲ、奴隷のような服従、悪質なイジメ、リンチ、弱みを握って援交の強制、集団レイプ、自殺、最後は殺傷事件まで。のどかで美しい田園風景とはあまりにかけ離れた、鬱屈した闇がはびこる中学生たちの日常。空はどこまでも青く広がるのに、彼らの世界にはどうしようもない閉塞感が漂います。現実感がないのは、平和に見える景色なのか、彼らのおどろおどろしい日常の出来事なのか、わからなくなります。
 
 
風景は美しいのに、主人公の中学生たちが映る画面は、たいていは画像が粗くて顔も影がかかっていたりして表情がよくみえなかったり。ハンディカメラ撮影の場面も多用されていて、ざらざらした粗い映像にガタガタと揺れる画面に目が悪くなりそうな・・・。そして、カリスマ的な人気歌手リリィ・シュシュの存在。雄一もリリィに心酔していて、インターネット上で「フィリア」というハンドルネームを使いリリィファンの掲示板の管理人をしています。現実の生活が過酷になっていくほどに、リリィ・シュシュの音楽の世界と掲示板に没頭していく雄一。コアなファンの間で交わされる「エーテル」とかリリィに関連する単語の数々。掲示板上で「青猫」「くま」といった参加者との会話に癒しを感じています。
 
ネット掲示板への書きこみ画面の演出は、今では一般的な手法ですが(「白ゆき姫殺人事件」とか「何者」とか)、2001年当時はかなり斬新だったようですね。キーボードのタイピングと、粗い画像と、美しい風景と、音楽。劇中でリリィ・シュシュの歌とプロモーションビデオで出演しているのはSalyuという女性アーティストだそうで、私は解からないのですが女性アーティストとしてブレイクした方のようです。岩井俊二監督の映像と、小林武史の音楽って相性抜群ですね。何度も流れるドビュッシーのアラベスク第1番もすごく効果的。イメージが美しければ美しいほど、中学生たちの残酷なリアルが際立ちます。
 
 
顔の表情はよく映らないことが多いのですが、それにしても市原隼人さんが若くてびっくり!若いっていうか、まだ幼さバリ残りで子供こどもしているΣ(・ω・ノ)ノ!えー。もう妻子持ちの立派な大人ですやん。2001年ってまだそれほど昔という実感なかったんですが・・・いやはや、時の流れというやつは・・・|д゚)。
 
 
久野さんに憧れているけれども、彼女が酷い目に遭うのをどうすることもできなかった自分。星野におどされて援交させられているクラスメートの津田詩織(蒼井優)の集金係りのような役目までやらされて負い目を感じたり詩織に同情するものの、逆に詩織から「あんたも星野にやられてるんでしょ」と逆に同情されたり。詩織の気持ちやSOSを感じながらもどうすることもできないチキンな雄一。
 
 
蒼井優さんも、まだ本物の少女!あどけなくて可愛いけれど、この頃から体当たり迫真の演技力。あっぱれです。若い頃からただものならぬ存在だったんですねー。岩井俊二さん、若い女優さんに目をつけるのが本当に上手いですねぇ(*'ω'*)。
 
 
空に高くそびえる鉄塔と、優雅に風にのるカイト。詩織が唯一、年相応の女の子らしく無邪気にはしゃいで楽しそうにカイトを泳がせるシーンは美しく、激しい痛みを伴って記憶に残ります。美しくて残酷な世界。
 
元々はインターネット小説の形で発表されて、それからノベライズ、映画化と続きその都度内容の変化や世界の広がりを見せているようで、どうも岩井俊二監督の世界というのは映画以外にも、その前後に渡ってメディア・ミックスで広がり層が幾重にも重なって構築されているらしく、コアなファンがハマる所以もそのあたりにもあるのかなぁと。映画しか知らない私は岩井俊二ワールドについて語るべきなにも持たないのですが・・・でも、共感という形で心が揺さぶられなくても、何かよくわからないけれど迫ってくるもの、忘れられない印象が強く刻まれます。
 
特に結論があるわけでも、何かの問題が解決されるでもなく、それでこの後この子たちはどうなるんだろう、どこまでいくんだろうという不安を残したままで終わるので・・・要するに何を言いたかったのか、何を描きたかったのか、何を受け止めるべきなのかはよくわからない鈍感人間な私ですが・・・。この映画を観ると、忘れていた当時の記憶がドーンと甦って呆然となるとか、あの頃誰もが抱えていた閉塞感、とかいったコメントをよく見かけるのですが、特に共感する思い出も、思い出す出来事もない私はきっと、幸せな恵まれた子供時代で、もしかしたら少し面白味のない人生なのかもしれません。(あ・・・でもいじめは受けていたらしいんですけれどね、もっと小さい時に。我ながら見事なくらいトラウマに残っていない)
 
自分の中で咀嚼はできないまでも、確かに、忘れられないインパクトを残した映画でした。自分にまんまの思い出がないとはいえ、あの年頃独特のパワーバランスや閉塞感、どうにもならない感情、絶望感や無力感がまったく理解できないわけでもありません。そういったことに捕らわれて身動きできなくなってしまったり、いつまでも引きずってしまうことなく無事に大人になれたことに、感謝するばかりです。