『村田エフェンディ滞土録』 梨木香歩 著 | 今日もこむらがえり - 本と映画とお楽しみの記録 -

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備忘録としての読書日記。主に小説がメインです。その他、見た映画や美術展に関するメモなど。

 

 

 

家守綺譚』がとてもとても素敵だった梨木香歩さん。こちらは、続編ではありませんが細いトンネルで世界観が繋がっています^^。『家守綺譚』の主人公、綿貫征四郎の高堂と同じく学生時代からの友人の村田の土耳古留学の見聞録です。『家守綺譚』でも、綿貫の友人のひとりで考古学の学問をしている村田が、土耳古政府からの招請で留学に出発した、と書かれている箇所があります(´艸`*)。

 

彼の地で村田はエフェンディ、と呼ばれています。「エフェンディ」とは、学問を治めた者に対して使う敬称のようなものらしく、日本語で「先生」とか「ハカセ」とか呼ぶような感じなのでしょう。その村田エフェンディの視点で綴られた、滞土禄。スタンブールでの下宿先の女主人で英国人のディクソン夫人、同じく下宿中の異国の学者仲間、独逸人のオットーと希臘人のディミィトリス、住み込みの料理人兼世話係の土耳古人のムハンマド。国籍も宗教も文化風習も性格も異なる個性的な人々との関わりは、驚きと感動に溢れた毎日。そして、けたたましい声で独特のセンテンスをかましくしゃべる鸚鵡のいる生活!

 

土耳古(トルコ)、希臘(ギリシャ)、独逸(ドイツ)、埃及(エジプト)、羅馬(ローマ)、、、漢字表記された国名にワクワクします(´ω`*)。そして、『家守綺譚』と同じように、情感豊かで美しく懐かしい日本語・・・さらに異国情緒まで加わって、ウットリ。そしてやっぱり少しばかりの摩訶不思議も(´艸`*)。ビザンチンの老兵たちの幻、日本からたどり着いたお稲荷さんのお札(キツネ)、数奇な道のりで埃及からやってきたアヌビス神の置物(黒い犬)、遠い眠りから目覚めるサラマンドラ(赤竜)、、、。家の中をキツネと黒い犬が駆け回り、村田の怒鳴り声に怯え消沈し、キツネと竜が交流し・・・なんとも不思議に賑やか。そして、不思議な縁は最後に日本の綿貫と高堂のところにも繋がって・・・愛しい彼らとゴローも、後半でちょこっと登場するお楽しみも♪

 

村田が同宿のオットーに誘われて、エーゲ海近くの村にある遺跡の発掘現場へ出かけるエピソードがあるのですが、その発掘場所の近くまでたどり着いた時の描写は、村田の高揚と目の前に広がる風景がありありと伝わってくるようです。

 

Q;

この丘の遥か向こうはエーゲ海だ。希臘世界だ。薄青の透き通った空の彼方から、神々のサンダルの響きが聞こえてくるようではないか。
:UQ
 
村田はここの発掘現場で、独逸人の発掘隊のメンバーが見逃していた小さな羅馬硝子の酒杯を見事発掘します(*‘∀‘)。そしてこの章の終わりの方の記述もまた、私の大好きなところです。
 
Q:
やはり、現場の空気は良いものだ。立ち上がってくる古代の、今は知る由もない憂いや小さな幸福、それに笑い。戦争や政争などは歴史にも残りやすいが、そういう日常の小さな根のよつなものから醸し出される感情の発露の残響は、こうして静かに耳を傾けてやらないと聞き取れない。それが遺跡から、遺物から、立ち上がり、私の心の中に直接こだまし語りかけられているような充実。私は幸せであった。
:UQ
 
この日の体験で村田が得た感動と充足感がこちらにまで伝わって幸せな気分になります( *´艸`)。
 
ところで時代は、第一次世界大戦の気配が近づきつつある世界のあちこちで不穏な空気が漂っていた頃。土耳古も政情不安の渦中にあり、反体制派の青年トルコの暗躍から、大戦後のトルコ革命と大きな変革期のただなかにあります。村田エフェンディの研究と異文化交流の日常も、思いがけずドラマチックでダイナミックな展開が待ち受けています。異国情緒と摩訶不思議と幸せの日常と、同時進行で加速していく政治、平和、人間の本質にまつわるテーゼ。
 
最後は、読みはじめた頃には思いもよらなかった展開と終着点にたどり着きます。なんと壮大な物語だったんでしょう。心を強く揺さぶられて、最後の章は朝の通勤電車で読み終えたのですが、出勤前に感無量、怒涛の感動に打ち震えながら涙ぐんでしまいました。そして振り返って、最初と最後の構成の秀逸さにさらに感じ入りました。
 
「ディスケ・ガウデーレ!」
皆でディクソン夫人の下宿で暮らした日々、響き渡っていた鸚鵡の得意センテンスのひとつ。「楽しむことを学べ」という意味の土耳古語が耳の奥に響いています。今回もまた、暫くは梨木果歩さんの文章の余韻にた~っぷり浸っていようと思います(*‘ω‘ *)。
 
最後に余談ですが、巻末の茂木健一郎さんによる解説もまた、楽しかったです。特に、本書の梨木さんの文章を、私の大好きな画家、ベルナール・ビュフェの版画に例えているのがとても興味深かったです。茂木健一郎さん、今まであまり知ることもなく特に興味も持ったことなかったんですが、この解説文を読んでだいぶ興味をそそられました。茂木さんの日本語も、中々素敵でした。