『その手をにぎりたい』 柚木麻子 著 | 今日もこむらがえり - 本と映画とお楽しみの記録 -

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備忘録としての読書日記。主に小説がメインです。その他、見た映画や美術展に関するメモなど。

 

 

あんまり立て続けにシェイクスピアどっぷりだと世界観に浸りすぎて目眩起こしそうなので、とこどろころで気分転換。女のドロドロとした感情を炙り出すといえば、例えば湊かなえさんの場合は特に「母と娘」または「母性」にまつわるものが多いように思います。一方柚木麻子さんの場合は『ナイルパーチの女子会』のように、友人同士など同世代の他人の女同士の対立やドロドロが巧いという印象があります。ファンの間ではダークな作品と、『ランチのアッコちゃん』のような毒気のない作品をそれぞれ【黒柚木】【白柚木】と呼ぶそうです。

 

本作は、黒・白柚木の融合というか、またひとつ新しい分野に足を踏み入れた感じです。しかも舞台設定が、バブル全盛期をまたいだ10年間、「座っただけで3万円」の銀座の高給寿司店に通い続ける、地方出身の不動産業界で働くOL。バブル・・・父の仕事もバブル景気の恩恵に預かるような業界ではなかったし自分はまだ社会活動に参加しない年齢だったのでニュースやバブル崩壊後に社会人になってからバブル世代の諸先輩方から聞く話で知るだけで実感のない時代ではありますが、柚木さんは物心つくかどうかな幼少期の出来事です。

 

自分の知らない得意な時代だからこそ、小説の題材として興味をそそられるのかもしれませんね。恐らく入念な下調べと時代考証(笑)の上で、当時の時事ネタも適宜挿入しながら当時の臨場感をしっかり再現しているように感じました。渋谷西武SEED館とか、女性はクリスマスケーキと同じ(25歳までが売れるタイムリミット)という俗説(?)とか、イタ飯にティラミスとか、万札握ってタクシー止めるとか、自分自身はその場にいなくても比較的身近なニュースとして見知っていたトピックスが沢山あって、懐かしかったです(´_ゝ`)。JRもちゃんと「国鉄」だったり、校閲もぬかりありません^^。

 

美人だけれども真面目で都会のチャラチャラした生活にいまひとつ馴染めないままの青子(せいこ)は、かんぴょう農家を守り続けた母親が他界したのを機に25歳で努めていた家具会社を退職して帰省する決意をします。会社社長に送別会として連れていかれて初めて足を踏み入れた有名な高給寿司店で口にした握り寿司に衝撃を受け、同時に若く真摯な職人一ノ瀬の佇まいに心惹かれてしまい、もう一度この店に来たい、この店に自分の力で通って常連客として認められるようになりたいという衝動がこみあげて、帰省を辞めて東京にとどまる決意をします。

 

それから10年。バブルでどんどん盛り上がる羽振りの良い不動産業界に再就職し、「じじいキラー」のエースとしてもてはやされながら仕事に邁進し、一ノ瀬のいる「すし静」に通いつめます。地味で世間知らずのお嬢さんだった青子が、仕事も服装も変わり、寿司店のマナーも覚え、勤め先の不動産会社は業績がうなぎ上りで職務上付き合う人間も派手になり、「すし静」に通う間隔もどんどん短くなっていきます。カウンター越しに一ノ瀬の姿と寿司を差し出される手に熱い視線を送り続けますが、垣根を超えることはなく、かといって一ノ瀬へのプラトニックな片想いを貫くわけでもなく言い寄ってくる男性と適当に恋人関係にはなりつつ、1人で「すし静」のカウンターに座る喜びに震えます。

 

バブルはもうすぐ弾けるよ、ということも、不動産業界は大変なことになることも知っている身としては、どんな破滅に青子が向かっていくのかと内心ハラハラドキドキしながら読み進めます。すっかり都会ズレしてしまうかと思えば、根が真面目な青子のままの部分もあったり。仕事で楽しく活躍しつつも、実際の待遇は事務職時代と変わっていなかったり。「すし静」の素敵な常連の老人との心温まる交流があったり。一ノ瀬への想いはいつまでも絶ちきれなかったり。

 

会社という社会組織の中における青子の女性としての扱いや立場は、バブル崩壊後に社会人になった私自身もその後10年以上理不尽を感じ続けた”社会常識”と重なる部分が多かったので、かつ、私自身はバブルの欠片も体験できませんでしたが周囲にはまだまだその余韻をプンプン振りまいていた人たちが沢山残っていたので(苦笑)、青子のリアルタイムと自分の思い出の時間軸はイコールではなくとも、触発されて20代、30代の頃のことを色々と思い出しました。

 

「すし静」にいつも違う男性と同伴で現れる、強い香水・赤い爪・ソバージュヘア・濃いメイク・派手な服装のフェロモン過多のホステス、ミキを快く思わない青子。ある夜、同伴した客にしつこく絡まれて困っているミキを機転を利かせて救い、おやここで全く違う世界の住人2人の友情が始まるか?と思いきや、思いがけず辛辣な反撃がミキから返ってきて青子もビックリ、私もビックリ(笑)。そこで、ミキが青子にぶつけてきた言葉の数々は、自分が他人の目にどう映っているか自分では気が付かないもの、自分自身に対して客観的多角的視点はもちにくいものだという事実を青子に自覚させます。私自身も過去の経験を一瞬で色々思い出して「ギクっ」となりました^^;。この2人、この時点での友情はならずでしたがこの先まだまだ紆余曲折あります(´・ω・`)。

 

困ったことに、この本読んでいると無性にお寿司が食べたくなります(>_<)。そして思わず青子さながら本能に屈し、読み始めた週末の夜はデリバリー寿司を頼んでしまい(カウンター寿司へ、とはいきませんでしたが^^;。でも期待以上に美味しかったので満足♪)、翌日、いよいよクライマックスに差し掛かった帰り道はそのまま途中で読み止められず、近所の串焼き屋で冷酒とタコのツマミで最後まで一気に読みきりました(^▽^;)。しばらく節食です。本当です|д゚)。トウブン美味しいものが出てくる本はヨマナイゾ・・・。

 

多分に冷酒の影響、そして走馬灯のように駆け巡った過去の思い出たち、さらに絶妙なタイミングで届いた、あの頃苦楽を共にして何かとお世話になった愛すべき兄的存在だった先輩からの久々のメールにと、感情揺さぶられまくってラストシーンを読み終わった瞬間、涙が溢れてきてしまいましたΣ(・ω・ノ)ノ! そのまま綺麗に終わるのかと思いきやの、その後どうなるのか論争沸き起こり賛否両論ありそうなラストシーン・・・私は、人間らしくて、リアルで、気に入りました。大人のズルくて、すこしねっとりしたエロスも漂わせた恋愛感情が、いやらしくなく、嘘っぽくもなく、ほどよいさじ加減で盛り込まれています。読み終わって、表紙の装丁を見直すと、イメージにピッタリだなと感じました。

 

ちょっと目新しい柚木麻子さん、面白かったです。堪能しました。