無差別大量殺人事件(架空)の犯人の家庭環境に焦点を当てた作品
↑どうみても右端の人(新井浩文)が犯人![]()
原作は知らないけど、犯人(次男)の学校時代の様子や友達との様子などは全部省かれていて、ただ親との関係性だけが描かれてる。
支配的で暴力的な男(父)が作り上げた家族
社会的には全く問題が無い男。仕事(客の来ない金物屋)を持ち、家族を養い、家を建て、それなりに社会生活をこなしている。
本人は「男の義務」として、家を作り、家族を守る、これをひたすらこなしている
ただ、この「家族」の定義がこの男だけのもので、一人ひとりの人間性は無視、自分だけの視点を押し付けている。各人は理想をこなす駒。駒がうまく機能しないと、別の駒のせいであり、自分は懸命に役割を果たしている。
その中で母は無気力になっていき、長男は社会で人と戦う力を失って育ち、次男はただ自堕落に過ごす。だが父はそれを怒りこそすれ、正すことはできない。
一度は次男と脱出を試みる母だが、主体性のない長男が父に知らせたため結局父のもとに戻る。その後長男は自殺、怒りを内包している次男が事件を起こし、母は療養所に送られる。家には父だけが残り、彼の思うところの「家族」を護ろうとするが、虚しさに怒る。
見てて辛い
父は一昔前なら結構いるタイプだし、何なら今でも地域や属性によっては主流だろう
そして支配的な親の元で育った「いい子」が主体性のない、覇気のない大人に育つのもありがち。生まれつき「ダメな子」は何をしてもダメ、というのも自身で納得
ほんとにどこにでもあるような話、どこにでもいる人たちで、悲しくなる
子供は二人共、社会に適応できない。それが内側に爆発したのが長男、外側に爆発したのが次男
真面目な長男、一見まともそうだけど、社会に適応できない。そういう人でも仕事を選べば生きる場所はあるはずだけど、幼子二人かかえた一家の長としてのプライドからか、失業を告白できないまま結局自殺してしまう。妻側の両親に頼れば、実父のように責められることもなく、生活面もなんとかなったはずなのに…
親に、社会に認めてもらえること、これに縛られたまま、断ち切ることができなかった。まだ若くて開き直れなかった
絵に書いたような自意識過剰でプライドだけ高い若者らしいダメ人間の次男。こういうタイプをうまく育てるのは難しいだろうね。昔の論理なら、怠け者は暴力で正すというものだけど、普段暴力を躊躇しない父は一体何をしていたのか。ちなみに折角家から連れ出してくれた母を殴ったりして、ほんとこんな子要らないよ、私なら。
ただ、親だって人材育成のプロじゃないんだし、子供の個性によって育て分けるなんて芸当ができる親は少数派で、たいがいは同じやり方でやって、成果に違いが出たわ、というところだろう。二人目なんかは特に手抜き手抜きで子供が持って生まれた能力だけで実戦勝負していくしかないよね。
と、長男、次男それぞれの人生を憂いつつ、親の気持ちになって悩んだ
長年この暴力父に家族が支配されて、一種マインドコントロールされているのを示すのが、母の別居先で一家が揃った際に父が暴れるシーン。20代の成人男性の長男と次男。次男を蹴り回す父に抵抗しない次男、椅子に座って見てるだけの長男。包丁を持ち出して脅す父に無抵抗の次男、ハラハラしつつ椅子に座って見守るだけの長男。父のなすがままになる家族。やっぱり一番悪かったのは父なんだろう。
で、この父は下品でクレーマーで支配的で暴力的なDV野郎、と嫌な奴てんこ盛りなんだけど、役者が三浦友和なのね。
熱演していて、どの場面も説得力があるんだけど、どうしたって、ものすごく格好いいわけですよ。
個人的な役者名を挙げると問題があるから言わないけど、見た目で一発で嫌悪感をもたせる役者もいるわけでね。これがハンサムの限界ということなのかな…とチラと思った。嫌悪しきれなかった。
