和歌山県 新宮市 他 | 美しい景色が好きなので見に行ってみました備忘録

美しい景色が好きなので見に行ってみました備忘録

ちきゅうはきれいですね。
I went to see beautiful scenery,memo/

To see the world, things dangerous to come to,
to see behind walls,to draw closer,
to find each other and to feel.
That is the purpose of life.(LIFE)

雨ざーざー、ムシムシですけど、梅雨が明けて暑さ本番となる前に。


そうね、熊野にでも。

桜の季節以外の吉野にも。

ふと、琵琶湖に呼ばれている気がした。

有頂天家族だな。

で、温泉はマストでっ。


お天気がよろしくないが、夜出発。
遠いので。

あらま、伊勢湾岸道が工事で通行できない。
名ニ環で迂回し、紀勢道へ。

奥伊勢の山々にときめく。
それはそれはうつくしく。

熊野大泊ICで降りて、お、太平洋だわ。
そうそうこれ。
すこんと天にぬけるこの感じ。
紀伊半島に来たぞ感。

梅雨だというのに晴れいてる。
夏模様だわ。
しかし、この陽射しになじめない。
気持ちはまだ梅雨なので。

海沿いの道を行く。
お、花窟(はなのいわや)神社だ。

熊野川河口にかかる新熊野大橋を渡り、
阿須賀神社へ ↓

本殿の背後に、蓬莱山。

2016年に世界文化遺産に追加登録された、と。 
阿須賀王子跡

神社庁のHPより ↓
・主祭神
事解男命
熊野速玉大神 熊野夫須美大神 家津美御子大神
・当社は、古事記、日本書紀に記されている熊野村、熊野神邑であり、遠く第五代孝昭天皇53(皇紀238)年3月の創祀と申される。
御承知の通り、伊邪那岐・伊邪那美2神の熊野に参られ御産みになった神々をお祀りし、從って熊野は黄泉の国、常世の国と読まれ、熊野発祥地とも云われている。
阿須賀とは、阿は接頭語、祭祀生活を営む好適条件を備えた霊場とか、或は浅州処と名づけられる地名で、飛鳥山を御神体とする神の鎮座地としての信仰が古くからあったようである。
社後の森・蓬莱山(飛鳥山)は、第七代孝霊天皇6(皇紀376)年、秦人徐福、始皇帝の命をうけ不老不死の仙薬を求め献じ奉らんと、童男童女3千を卒い、五穀百工を携えて東海に船を浮べ、常世の郷、熊野邑、即ち飛鳥に参って帰らず子孫繁昌したと伝えられる徐福の宮がある。
・社殿造営
徳川幕府歴朝の聖慮を奉体し、昔時の尊厳を保持し造営維持の方法を設け、嘉永7(1854)年に将軍家定紀伊国主をして社殿の再建をなし、其の結構偉麗でしたが戦災の為悉々烏有に帰したが昭和51年に銅板葺社殿が復興した。
・蓬莱山(飛鳥山)
飛鳥の森は古来禁足地となっていた聖域であり権現御創祀の神蹟、即ち初は孤立した斎島(神の森)原始期の磐座であって其の麓には上、下、両古代祭祀遺跡と、後世両部信仰に関係深い熊野諸尊御直体埋納所(経塚)を営み、熊野信仰の一霊所であったことがわかる。
今に至るを蓬莱山に対する信仰には変りない。
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熊野三山
熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社。


心の中で熊野速玉大社に挨拶し、尾﨑酒造さんへ。
お土産に、純米太平洋、梅酒、米焼酎。
那智の滝のお水で仕込んだ純米酒も。キャッ


神倉神社
今回は登らず、で。
鳥居の元でごとびき岩の姿を思ふ。


熊野川 ↓
と並走する国道168号を北上。

道の駅的な所で、休憩を兼ねて買い物を。
かあちゃん手作りの梅干し、コロッケ、よもぎ餅。
素朴なのがいい。安心。

所々、山の表面が崩れてます。
大雨によるものかな。


次の目的地に到着。

こちらの大鳥居の先に、
大斎原 おおゆのはら。
熊野川、音無川、岩田川の合流地点にてきた中洲。
明治22年1889年8月、熊野川の洪水が流されるまでは、この中洲に熊野本宮大社があったそう。


移転先の、熊野本宮大社へ
境内は撮影だめなのね

参道の階段を登って、本殿へ。
なんていい風。
参道両脇の旗がハタハタと揺れてる。

HPより↓

御祭神:
熊野三山(熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社)に共通する「熊野十二所権現」と呼ばれる十二柱の神々です。
また、奈良時代より神仏習合を取り入れ、御祭神に仏名を配するようになりました。
主祭神は、熊野三山の他二社とは異なる、「家都美御子大神 けつみみこのおおかみ  (素戔嗚尊)」です。
昔は熊野坐神社くまのにいますじんじゃ「熊野にいらっしゃる神」と呼ばれていました。
また、造船術を伝えられたことから船玉大明神とも称せられ、古くから船頭・水主たちの篤い崇敬を受けていました。

歴史を遡ると、古代本宮の地に神が降臨したと伝えられています。
三本の川の中州にあたる聖地、大斎原に社殿が建てられたのは、崇神天皇65年(紀元前33年)のことでした。
奈良時代には仏教を取り入れ、神=仏としておまつりするようになります。
平安時代になると、皇族・貴族の間に熊野信仰が広まり、京都から熊野古道を通って上皇や女院の一行が何度も参拝に訪れました。
室町時代には、武士や庶民の間にも熊野信仰が広まっていました。男女や身分を問わず、全ての人を受け入れる懐の深さから、大勢の人が絶え間なく参拝に訪れる様子は「蟻の熊野詣」と例えられるほどでした。
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結構急な石段をのぼり、本殿へ。

お、茅の輪ですよ。
ムゲン周りす。半年間の穢れを払う。
そして、参拝。

帰りは、参道横の細い道を。
熊野古道を思わせるごつごつ石段。


宿に到着

晴天と暑さで、かなり汗かいた。
早速、温泉。
源泉掛け流し加水加温なし。
極上の湯。キャッ
きっもっちいー極楽極楽。
生き返る。まじ。

十津川日本酒飲み比べ3種をお供に、和食膳の夕食をゆっくりじっくりと味わう。

寝る前にも入浴。
晴れていれば満天の星空、らしいが、あいにくの曇り空で。

朝起きて、また入浴。
露天風呂で朝の新鮮な空気を体内へ入れる。
朝食。
チェックイン前にもまたまた入浴。

お世話になりました。また。


道の駅でお買い物。
ちょうどいいサイズのまな板発見。
あとコースターも。
十津川の檜。
それと、甘いもお菓子を少々。旅のお供に。

「吊り橋」の案内表記。
気になるので、寄る。

うん。
向こう側まで行ってみう。

谷瀬(たにぜ)の吊り橋
住民が資金を出しあって1954年に生活用の橋として作られた。
長さ297m 高さ54m

橋の中央
いい風が吹き抜けて、きもちいい。

上限20人。
観光客は自転車で渡らないでね。
の注意書き。
ここをチャリで?勇者かよ。

吊り橋の全貌 ↓

では、次の目的地へ。