その朝、一時限目がはじまっても先生はなかなかすがたを見せませんでした。月子さんは待つ間に筆箱から鉛筆を出してナイフでけずりかけましたが、鉛筆はがつがつとけずるかたはしからぽろぽろくだけてしまいました。鉛筆の芯が消し炭のように粗末な品なものになっているのです。
消しゴムでも紙でもそれはそれはそまつなものでした。消しゴムはゴムホースのように固く、紙はかべ色にくすんでいてザラザラ。字を書くのはあきらめた月子さんは筆箱のそこからキャップをかぶせた鉛筆をとりだしました。これは月子さんのお母さんが戦争がひどくなる前にと何ダースか買いだめした学用品で月子さんにとっては大切な財産でした。
それというのも月子さんは一人っ子で、四人姉妹の末っ子である春子さんのようにお姉さんたちからのお下がりはひとつもありませんでした。春子さんは着るものでも帽子や学用品やおもちゃなどでもどっさりもっていたのです。みんなお古でしたから戦争がはじまる前のゆたかなころにつくられた上等な品物でした。運動靴だって春子さんはどんどん大きくなる足にそのつど小さいお姉さんのお古、それも小さくなると次のお姉さんのお古という風に自分の足にぴったりのはきものを身につけていられました。
それにひきかえ月子さんは三年生の時に買ってもらった運動靴をまだはいていたのです。足のかがとをふむ行儀の悪い歩き方しかできずあちらこちらがすりむけていたいのをがまんしていました。昨日もおかあさんがためいきをついて
「やれやれ、これがだめならもうげたかぞうりをはいて行くしかないわ」
といいましたが、月子さんは下駄をはいて通学するのはいやでした。
( 春子さんはいいな。洋服だって学用品だってたくさん持っているんだもの)
月子さんは教室の反対がわの席にいる春子さんのほうをみながらこう思っていました。
このときやっと、受け持ちの先生が入ってきました。