1943年ごろのお話です。
そのころ日本の国は、大きい国ぐにと戦争していました。何百万人という国民が戦場へでかけておりました。国内にのこったのは年寄りや女のひとや子どもたちでした。つまりは戦いに行っても弱くて敵をやっつけることのできないひとびとだったのです。
少しばかりさいわいなことに、その年は敵の飛行機があちらこちらの町へばくだんを落としに来る大がかりな空襲はまだなかったのです。だから学校へかよう生徒たちもまだすこしはのんきな顔をしていられました。でも戦争をしているよその国から買い入れることができなくなったため食べるものも着るものもどんどん少なくなって配給制になっていました。おなかをへらしながら、みんな歯をくいしばってがまんするようにいいつけられていたのです。そうしないと戦争に負けるぞとこわい大人がさけんでいました。
あと一週間で夏休みという日の朝、そのころは国民学校と呼ばれていた小学校へ通う月子さんは、いつものように近くの春子さんをさそって集団登校の列に入って歩きました。二人とも小学校四年でした。朝から暑い日でしたが二人とももんぺというきもののようなズボンをはいていました。ほかの女の子もみな同じかっこうでした。そのうち空襲でもはじまったらスカートではにげにくいからということなのです。
少なくなっているのは食物や着るものだけではありませんでした。学用品もおもちゃも何もかも少なくなっていました。百貨店でも近くの商店街でもショーウインドウの中は空っぽでした。遠足へ行っても運動会があってもおいしいおべんとうがないのですから、たのしいことは少しもないのでした。