おれ達は走るのをやめた。もう北町は目の前だつた。
「お前んとこ、大きな防空壕、作ったんだってな」
健太が均に言った。
「コの字型なんだって」
「本当かい。あの、家族が分かれて退避するって奴かい」
とおれも尋ねた。
コの字型の壕というのはお上が奨励しているもので、コの字型のそれぞれの枝に家族が分かれていれば、爆弾投下の時、三方のどれかが残って、本土決戦に備えて役に立つだろうということだつた。
この話を新聞で見た時、うちのばあちゃんは「何をいうとる。家族は生きるも死ぬるももろともじゃ」と吐いて捨てるように言っていたのを、おれは覚えていた。
「おれんちには、もともと地下倉庫があったから、それを少し改造しただけだよ」
と均は照れたように笑った。女の子のように色の白い頬がピンクに染まっている。金持ちの親やきょうだいがいて幸せな奴、とおれはねたましく思った。おれの家には防空壕なんぞ無い。年寄りと子供の所帯だもの、掘れるわけがないんだ。
「そうだ、勝男。君とおばあさんは空襲の時、おれんちの壕に来たらいいっておやじが言ってたぞ。うちは町内会長してるから遠慮せずにってさ」
「ありがと。でもうちのばあちゃん、壕なんかには入らないってがんばってるんだ」
均はちょっと不服そうな顔をしたが、おとなしい奴だからそれ以上は何もいわなかった。
角の煙草屋のところで均と、次の角のパン屋の前で健太と別れた。
六軒長屋の奥にある家にもどると、ばあちゃんはまだ防空頭巾をかぶったままちゃぶ台の前にすわっていた。
「ばあちゃん、町内会長さんとこの均が、警報が出たら自分とこの防空壕へ避難してもいいって言ってたぞ」
「うまいこと言うて。はいはいとその口車に乗ったりしたら、厚かましいつてかげ口をきくんだから。あそこの奥さん」
ぼうっとしているのかと思ったら、ばあちゃんはふいに怒り出した。おれはむっとした。均の母さんはそんなわからずやじゃない。均はきっとこのひとに似たんだろうなと思わせる色の白いひとでおれたちにも優しい。