理性で以って考え抜き、感覚に頼り、経験に照らし合わせて、時間をかけて真剣に向き合った結果。
中には、判断を棚上げしなければならないいろんな複雑なものをも含むかも。
それでも、全体として捉える。
人が何かに対してとり得る、究極的な価値判断。
ところで、
信仰なんて、弱い者がするものだ。
と、人がいうのを聞いたことがある。
私の母は、そのような言葉に断固とした態度で反抗していた。
それは、大変厳しいものだと。
強くなければ、信じることは出来ないのだと
信仰の問題は、また違う次元のものだとは思うけれども。
人は、究極的には何かを信じて生きているように思う。
そして、突き詰めていけば、根拠の無いものが多いかも知れない。
意識の上では、
信じること。疑うこと。
この二つは、同時進行。
進行していくままにまかせておけば、きりがない。いいところで、判断が迫られる。
深く、人自身に関わる問題。
深く、時間に関わる問題。
やはり、信じる為にはあらゆる意味において、強さが必要に思う。
信じるという言葉自体、真剣に向き合う必要もある。
今後の課題にしよう。
今日出会った、エマーソンの言葉。
信用は魂の肯定を受け入れることからなり、
不信は魂の否定を受け入れることからなる。
すごく考えさせらる。