存在について | えむちゃん

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存在を否定して、ましてやいない方が良いとまで言わんばかりの人に対して、
それでも平気でいられる忍耐力と、笑顔を返すことができる寛容さを持ち続けることは可能だろうか。

道中立ち塞がる岩だとか、とげとげのいばらの群れとか。

そんな憎むべきものは、外見の如何に関わらず、なければ良いのに、という心情は理解できる。

しかし、人に対してもそのような思いを抱くのは可能なのだろうか?

可能性以上に、倫理的にあってはならないとおもう。

自分自身が抱かない思いを推し量ったり、理解するというのはなかなか困難なことだ。


振り返って、私自身はどうなのだろう。
よくよく、考えてみる。

あってはならぬ、とか自分にはない考えだとか。
意識の表面上にある考え。

意識の奥底を探りみると。

私が居ることそのものに対する不安。

私は、存在していてもよいのか?

どうしても払拭出来なくて、見て見ぬ振りをして、棚上げして、さらに保留にしてしまったまま、やり過ごしているもの。

他人に対して、あらぬべきとか思いながら、自分自身に向けられている存在不安。

 この矛盾を抱えたままでは、何をしたところで実りあるとは思えない。

意識して改めていこう。


何も得ること無しに転ぶまい。

不遜ではあるが、こんな考えが役に立つこともある。

昨日は本当のところ、つらかった。
もう暫く、よく考えてみよう。