九年前の祈り 小野正嗣
先月、海の日のこと。
私の母と、小野正嗣さんが同郷であること、九年前の祈りという小説を書かれていることを知りどうしても読みたくなった。
恥ずかしながら、前回の芥川賞受賞作であることを全く知らなかった。
この時に、この本に出会うご縁が与えられたことを嬉しく思う。
物語の舞台は、大分県蒲江町と思われる
主人公のさなえは、カナダ人との間にもうけた、未だ幼い息子希敏(けびん)を連れて、生まれ故郷に戻り両親と暮らしている。
希敏の父、フレデリックは息子に美しい顔立ちだけを残し、2人の前から去ってしまったのだ。
希敏には、明らかに普通とは異なる資質があり、さなえは愛情と共に困惑し、息子に対する拒否感に悩まされる。
ある日、さなえは母親から知人であるところの、みっちゃん姉の息子が病気であることを知らされる。
9年前に、繋いだ手をはなしたばかりに、はぐれてしまった仲間たちの無事を願い、みっちゃん姉とともに教会で祈ったこと。
今、みっちゃん姉の息子さんの無事を祈るために赴いた場所。
そこでまさに、さなえが繋いだ希敏の手がはなれ、命が危険な状態にさらされた時。
9年前の祈りが鮮やかに蘇えり、重なる。
握っていなければならぬ貴重な手が離れてしまうとき、あたりにたちこめるとりとめのない時間は、甘美な苛酷さへとまがまがしく変容する。その一瞬に立ちあった者の心の乱れは、容易にはおさまるまい。
蓮實 重彦は、このように表現している。
さなえは、祈りを通して、みっちゃん姉と思いを共にしたのだ。
9年という時間を経てさなえのもとへ訪れた祈りは、さなえの悲しみを背後にとおざけた。
心を強くして、さなえは希敏の手を握りしめることができた。
母子の間の痛みと、ぎりきりのところで繋がれた愛情は哀しく痛々しい。
親子の間のこのような試練の瞬間は、存在の根本に関わる。
試されたくもないし、試したくないとは思うものの、そんな場面に会いたくないと祈るばかり。
親子の間は、実の所一番の闘いの場でもあるかも知れない。
作中の町や、人びとの言葉は非常に懐かしかった。
私の祖母の声をイメージすると、話し言葉がいきいきと感じられた。
それは、そうと、
またまた一歩出遅れてしまったかな?
又吉さんの火花は、今度読んでみよう
