信仰について | えむちゃん

えむちゃん

Mちゃんず別荘へようこそ!

大学3年生の時の事。
ゼミに、外国人の神父さんなのか、宣教師さんなのか、分からないけど、毎回出席される方がいた。
先生のお知り合いの方なのだけど、静かな方で、発言される事も無くて、ご熱心な様子で先生の話に耳を傾けていらっしゃった。
ある日、ゼミが終わり、帰宅する道すがら、その方が前を歩いているのを見つけた。
思い切って、話しかけてみよう。

‥こんにちは。キリスト教の教会の方ですよね。
すると、少し片言の日本語で、
‥そうです。そこの教会から来ています。良かったら、ぜひ、来てくださいね。

確かに、私が毎日通る道の途中に、教会があった。そこの方だったのだ。

‥そうですね。行ってみたいです。

そのような返事をして、別れたと思う。
今、思えば、教会に初めてお誘いいただいた時だった。
その当時、私は既にキリスト教に関心を持っていたから話しかけたのだろう。
とはいえ、その教会に行く事は無かった。
なぜなら、私には子供の時から信じている宗教があったから。母と共にしている信仰があった。
私の方が先にご縁があったのだけど、母のほうが信仰熱心だった。いくらキリスト教に関心が、あったとしても、母の事を思うと踏み止まらせるに十分だった。

信仰熱心な母の姿。
母を生涯苦しめた生い立ちや、心の重荷から、信仰無くしては生きる事が困難だったのだと思う。
私が一番に思い出す母の在り方。

そんな母が、自らの命を絶ってしまった時は、信じられなかった。

私は、信仰熱心な母を当たり前の様に思っていた。今、思うと、本来の母そのものの在り方をかなり見えにくくしていたと思う。
私には、母が身を削るような努力で以って保っていた在り方と、本来の母そのものの在り方を見分ける事ができなかった。

それは、全て母がなくなってから気付いた事だ。なくなって、初めて母の全体像が浮かび上がってきたように思う。

社会通念としては、絶望という言葉が一番に思い浮かぶだろう。
確かにそのような行為をとってしまった瞬間は、そうだったとしても、全体として母を考えた時、残された者達に対する愛情や母の希望を感じ取れるのも真実だ。
それは、母が信仰していた事と無関係ではない。母と関わった、あらゆる瞬間が心の叫びとなって、私に迫ってくる。

お願いだから、幸せになって欲しい。
子供達を大切にして欲しい。
信仰心と、向上心を忘れないで欲しい。
私と同じ過ちを繰り返さないで。
‥数限りなく、思い浮かぶ。

ぎりぎりのところで、読み取れる母の意志。
私は、そんなメッセージを今生かしきれているだろうか。
残念ながら、否というしかない。
事実が、物語っている。

わたしの生涯をかけての課題だ。
暗澹たるように受け取られそうだけど、そうではない。
希望の為には、それが不可欠だから。