Eden -159ページ目

Eden

時に理不尽でも尊いもの、それが人生。

命にとっての世界を生きていく源を湧き起こしてあげられるような存在として在ることを心掛けています。

もし今いる場所、今生きている世界の中で、


自身の存在が否定されるようなことが起きたとしても。




もし今過ごしている時間の中で、


自分が生きているのは間違いだと、


自分の誕生と生存は望まれていないと、


自身の存在に羞恥や罪悪感を感じるようなことが起きたとしても。




その感じ取った想いと流れた時間は真実ではない。




示唆しているもの、送られているメッセージは、


自ら自分の命を罰して十字架を背負わせる時間からの解放と、


元来備わっている存在そのものの尊さと魅力に人々が気付けることを願う愛。




その尊さと魅力が自分の中にあると認めて信じた時。




自身がなりたいと、生きたいと思い描いている自分の姿。


自身が他者に表現したいと、届けたいと願っている光。


自身が創りたいと、形にしたいとイメージしている世界の姿。




その全てが現れるようになっていく。




人は皆、自らの中にそれだけの輝きの種を持ち、


その輝きを生きていくことができる。

 

 

 

 

あっ、ちなみに、今はこんなこともやっています。

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一つの主題に限ったことじゃない。


関連する全ての主題。




そこで何か一つでも。


たった一人だけだとしても。


雀の涙ほどの影響しかなかったとしても。




それぞれの命の今とこれからを生きていく源となるものを、


全身と魂の奥底から湧き起こしてあげられるなら。




たとえダミーのような道を進んでしまい、間抜けな時間を通るとしても。


たとえ一時的に、局所的に都合の悪い事態に見舞われるとしても。




その姿を見ることを通して、


自らが本当は経験できる約束の光を思い出せる命が存在するなら。


その約束の光に向かっていく切っ掛けと決意と勇気が生まれるなら。




やる価値、表現する価値はある。




意図的に自分の寿命を縮めようとは思わないが、


長生きが必ずしも良いとは感じない。




長生きそのものより自らの命が在る意義を味わい切る方がずっと大切だ。




漫然とした上辺の世界を長々と生きるくらいなら、


上述したような影響を少しでも残して明日逝く方が良い。




だけど、以前の一瞬のように全エネルギーを


振り絞るほどの真剣さが出せるだろうか。




いや、行く。


今度は己のためではなく、全体のためとして。

 

 

 

 

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一泊でも良いから遠出ではない旅行に一緒に行こうと誘われて、


後日「人生変えちゃう、一泊旅」という雑誌を見かけた時、


その雑誌から、ちょっとした分かれ道が現れたが・・・。




不思議なのは、その翌日か翌々日に、


その雑誌から示された行き先と全く同じ場所を探訪する


テレビ番組が自分の視界に入ってきたことだった。




出かけた先でテレビのある場所に入った瞬間に、


そのテレビ番組の放映が始まったのは驚かずにはいられない。




特に大事な場所として心に強く刻まれているわけではないし、


意識を向けているつもりもなかったし、


個人的な好みとの関連性が深い場所にも見えない。




当初予定していた日程を変えざるを得ない状況になって、


当初より1週間ほど行くのが遅れることになってしまうが、


その方が天候が良さそうな気配。




雨が降っている時に行くような場所ではないし、


頼めば喜んで案内を引き受けてくれる方も一緒に来てくれるという話。




そして昨日は、ほんのちょっとで夢のような時間がやってくる、


そんなフレーズが書かれている本が目に入り、


その本では前述した雑誌やテレビ番組で見た場所と同じ所が紹介されていた。




そんなに行って欲しい何かが存在しているのか。


それともただのダミーか。




極端な話、以前も書いたステージ4の癌による2年の余命宣告が


取り消されるほどの回復をされた方に生じたような慈愛の奇跡は、


いつ、どんな場所で、どんな過ごし方をするとしても周囲に存在している。




だけど、全てが人や命の主観が思い描いているような極めて都合の良い


華やかな現象、輝かしい現象として現れるわけではない。




きっかけや発端が些細なことや地味なことが多い上に、


あまりにも然りげ無く現れるため、


人間の思考や感情、感覚では理解が及ばない時も多いのが一般的か。




どこにどんな人や命に向けた慈愛が込められているかは、


かなり人間の想像を超えている。




人々や命は周囲に存在している宝物に通じる道への鍵を、


気付かぬうちに自ら廃棄処分していることも多いだろう。




だからといって、出現する分かれ道を片っ端から丁寧に活かしていけば、


必ず重要な分岐点を通ることになると断言できるものでもない。




実際は何かしらの慈愛の奇跡のような現象が自分に向けて起きていたのかもしれないが、


傍から見たら間抜けにしか見えないような時間を過ごした時もある。
(自分の感覚、知能レベルでは理解不能だった。)




ただ、もし自らを囲っている慈愛の奇跡と


常に二人三脚のように生きられる意識が誕生して、


それが日常的な文化や習慣として根付く世界が生まれるなら。




以前書いたような、不平、欠乏、冷淡、悪意といった


暗闇の世界線が無くなる世界へ進める可能性を


人や命は得られるだろう。




上辺の現象しか見ることができず、間抜けな時間を過ごしてしまう時があるとしても、


地球そのものがそのような大きな光へと歩を進められることに、


ほんの少しでも繋がるのなら。




途中で自身が馬鹿を見るような出来事が起きるとしても、
(それも自身の主観的な解釈で、自らが世界を歪ませているのかもしれない)


ダミーの可能性を持つ分岐点に思い切って関与するのは悪くない。




ステージ4の癌からの回復という単一的な影響に留めておくべきものではなく、


もっと普遍的に届いた方が良い光の影響なのだから。




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日々現れる非常に然りげ無くて些細に感じられる、


ちょっとした分かれ道。




その分かれ道は、その後の生きる時間に重大な影響を与えるほどの


物凄く大切な分岐点である可能性を持つなら。




その分岐点が既に人々に起こっているとしたらと書いたが、


この分岐点は命が意図する前に既に存在しているものだと想定しておく。




因果関係になっているように感じられなくても、


歩を進めた先で非常に重要な分岐点となるような光が起こり得るなら、


理論やエビデンスなどに囚われない方が良い。




理論やエビデンスに拘ると、ちょっとした分かれ道からの


大切な分岐点を見落すことが自然と多くなってしまうだろう。




このような話と縁を持つ者達は、


右脳、直感、感覚派の命が大きな割合を占めると思われるが、


左脳、理論要素と右脳、感覚要素の両方の感性が


豊かに備わっている場合は発想を柔軟に切り換える。




先日、一泊でも良いから旅行に行きたいと誘われる現象が発生したが、


これもまた、一つの分かれ道か。




遠出の感覚は湧き上がってこないということで、


その誘いを持ってきた相手が住む県内を旅行の対象とすることを考えたが、


後日、「人生変えちゃう、一泊旅」という雑誌を見かける。




その雑誌を見る前に誘いを持ってきた相手が住んでいる県内の何かが、


その雑誌の内容に入っているという不思議な確信があったが、


一番最初の紹介ページにやはり書かれていた。




そして、一泊旅の方へ歩を進めるべきかと思っていたところ、


自分と相手の旅行の希望日が同じであることが判明。




ある選択肢を選んだ時、選ばなかった時の未来を正確に見通せる


ファンタジーらしい(?)特殊な能力でもあれば、


些細な分かれ道が本物の分岐点なのか、それともダミーなのかがすぐに見抜けるが・・・。




実は全部本物で、人や命が活かせていないだけという


可能性もあるのかもしれない。




前に書いたステージ4の癌の2年の余命宣告が取り消された方もそうだが、


大抵そういう美しい奇跡というのは、いつの間にか、


そんな成り行きになっていたというような空気感で起こる傾向が見られる。




それに現れた分かれ道が本物の分岐点であるか、ダミーなのかを


客観的に100%保証、証明できるほどの頭の切れと直感力は、


残念ながら自分にはまず望めない。




たとえ奇想天外な道のように見えたとしても。


どれだけ脳や人間としての習慣が変化に対して反射的な抵抗をしてきたとしても。


人間らしい主観からでは全く因果関係が存在しない意義のない現象に思えたとしても。


たとえ歩を進めた先で何も起こらなかったように感じられたとしても。




自分自身と地球そのものを誰よりも優しく想い、


分かれ道を通して常に命に美しい奇跡への道を作ろうとしている、


世界の善意の意志を信じ続けること。




その善意の意志と奇跡への道が、命が求めてきた


自分自身と世界の姿であることを信じ続けること。




不平、欠乏、冷淡、悪意。


そんな暗闇の世界線の時間と存在を終わりにする。




それは世界の善意の意志と一体化できる


意識の育みによって誕生していく。




主観的な苦手意識。


未知への怯え。


人間らしい先入観や価値観。




それらを全て超えて、突き進んで行け。

 

 

 

 

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余命宣告2年を受けた、ステージ4の癌になった人が、


余命宣告を取り消されるほどの回復をして、


夫婦で思い描いていた生活を叶えた。




そんな美しい奇跡の話を聴いたが、


個人的に最も興味深いのは結果そのものではなく、


その結果に至る過程の中。




健康を保つ上で欠かせない栄養と酸素を体に届けてくれる血液。


その血液の流れ、全身の血流を良くしてくれる温熱電位治療。

(老いに伴って起こりやすい症状(不眠、腰痛、冷え性、肩こり、糖尿、透析など)は

歳のせいではなく、血流が悪いのが原因と言われている。)




その治療を受けたことで、その美しい奇跡が生まれたそうだが、


その美しい奇跡を体験した当人は余命宣告の影響で未来を諦めていたため、


当初はその治療には全く興味がなく、受けることもなかったらしく。




当人だけでは温熱電位治療と接点を持つことはなかっただろう。




ただ、奥方様が冷え性で凄く困っていて、


奥方様の冷え性が治ると良いなという想いを持っていたこと、


奥方様がその治療を受けられる場所へ通いづらい状況だったこと。




それが奥方様を温熱電位治療を受けられる場所へ車で送り迎え


してあげることに繋がり、それで接点を持つようになる。




奥方様の冷え性と、奥方様の通いづらい状況がきっかけとなり、


奥方様を車で送り迎えするか、しないかが大きな分岐点となっていた。




文面だけ見ると、ステージ4の癌による余命宣告が


取り消されるほどの回復という因果関係にはとても見えない。




でも、美しい奇跡と結ばれた。




思い切った選択や地球への貢献などの大きな動きによって、


その後の人生の展開が180度異なるような展開が生まれるイメージが強かったが、


必ずしも、そうとは限らないと言えるのか。




日々起こっている非常に然りげ無くて、ちょっとしたことに感じられる分岐点。


その影響力の大きさは絶大。




その分岐点が既に人々に起こっているとしたら?


もし、できるだけ自在にその分岐点を活かせるとしたら?




自分の意識が全然向いていないところが


物凄く大切な分岐点になっている可能性もあるから、


この分岐点の本質的な正体を正確に掴むのは難しいのかもしれない。




けど、探究していく先で現れる光、感じられる輝きに向かっていく。

 

 

 

 

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