実験的に思い付いた言葉や意図を投げかけて、
交流の縁がある存在からのエネルギー反応を観察する。
命に対して自身が現実世界で元来扱うべきと天界側で記されている、
聖の姿を真に活かせるポイントを解析するために。
そのポイントからずれていたら、
ただの上滑りの間抜け。
命が持つパーソナルスペースを冷静に見て距離を縮めていき、
深い思い入れを抱けない存在でも、解析を終えるまで
何回でもトライする心意気を持った方が良いか。
最近命の喜びの源のために率先して捨て身的に飛び込める
力強さと勇気と優しさを持って生きることを改めて示唆されているけど。
そんな状況や展開が生じた時って、怖気付いて何もできないか、
踏み出したけどパッとしない結末で終わるのが
大概のパターンのような気がする。
(これも先入観かもしれないが)
そもそも全力で生きなくても、真剣にならなくても、
生きていくことはできると言われている現代の平和な世の中で、
そこまでの莫大なエネルギーと勢いを出せるかどうかも正直怪しい。
だけど、心は動く。
このまま突き進もう。
あっ、ちなみに、今はこんなこともやっています。
http://ameblo.jp/refrain-against/
https://its-a-wonderful-life.themedia.jp/
https://darkness-of-the-mind.themedia.jp
興味があれば、覗いてみて下さい。


