華と浄化 | Eden

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時に理不尽でも尊いもの、それが人生。

命にとっての世界を生きていく源を湧き起こしてあげられるような存在として在ることを心掛けています。

前に人間達の集団の中で繰り返されてきた現象における、


影に落ちた存在、シャドーキャラクターに関する文章を書いたが、


影響を受けているのは彼らだけじゃない。




彼らの影響を受けて発生しているパターンや事象も存在する。




しっかり者とか、良い子とか、頑張り屋さんとか、


出来の良い親とか、出来の良い子供(兄、姉、弟、妹)などが代表例で、


華の存在という言葉の表現がマッチしているかもしれない。




この人達は影に落ちた存在、シャドーキャラクターと違って、


世間体という視点からは全然問題視されることはないし、


寧ろ歓迎されることが多い有難い存在として映りやすい。




非常にパワフル、華やかな時間を送っている、


社会的に活躍されている、慈善活動をしている、


優秀な成績を受け取っているなど、立派な様子が見受けられる。




だからこそなのか、普段の自身の生き様の中に歪みが起こっているとは


考えもしないような傾向を持っていると思われる。




これが正しく罠。




もちろん、全員があらゆる場面で罠に嵌まっているわけではないと思うが、


実は自分にも関係者にも気付かぬうちに歪みが広がっていることはある。




過度な聴き役、お世話、人助け、生真面目、頑張り、使命感のようなものが、


影に落ちた人達の自立心や成長の機会とパワーを奪っている、


自身が味わいたくない集団環境の影の要素を相手に押し付けているような感じだろう。




影に落ちた人達が華の存在が陽であれるように


自己犠牲から身を挺して影を食らってボロボロになり、


華の存在が影に落ちた人達の悪事やだらしなさの尻拭いのために


自己犠牲から身を挺して日々奮闘しているという構図のイメージ。




影に落ちた人達は被害者となって自閉的になったり、日常生活に支障を来すことで、


華の存在は自分自身を生きることに優先的に時間を使いづらくなることで、


お互いに自分にとっての大切な時間の過ごし方を失っている。




このような視点から見る場合、薬や治療、問題行動の是正というような


取り組みは、あまり噛み合っていないと言えるかもしれない。




なぜなら、具体的な細部はそれぞれ異なるとはいえ、


その集団の何かに対する愛のために自ら進んでその状態を演じ続けるのが


最善だと思って生きている意識が根付いているからだろう。




つまり、関係者に人格的な問題があるから起きたわけでも、


関係者が病的な症状を患ったから起きたわけでも、


何かの災難に巻き込まれたから起きたわけでもなく、

 

思いやりから必要だと判断して人為的に起こったもの。




ただ、このあたりの背景とそこから導き出せる真実は非常に深遠であるために、


人生の全ての時間を通しても感じ取ること、汲み取ることができずに、


今までと同じようなパターンで過ごし続ける人達も多い印象。




これが人間同士の集団の中で永続的に繰り返されてきた原因と言えるか。




自己犠牲から身を挺して影を食らう、日々奮闘する、


集団環境の影を相手に押し付ける。




そんな人間同士の集団における歪なエネルギー循環が無くなった時に、


人間達の世界の歪みが浄化されていく。




リサーチの時間から生まれた一つの考察。




あっ、ちなみに、今はこんなこともやっています。

http://ameblo.jp/refrain-against/

https://its-a-wonderful-life.themedia.jp/

https://darkness-of-the-mind.themedia.jp




興味があれば、覗いてみて下さい。




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