その日は徹夜明けではあったが、いつになく爽快な気分であった。

 何としても空が青い。東京の空にこんな青空を見つけるのは久しぶりのことだ。

 昨夜来の雨が汚れた空気をすべて洗い流してくれたのだろう。

 遼太は、大きな深呼吸をして、大学へ続く道を足早に歩いた。

 現在の彼は、非常に苦しい立場にある。専業農家の長男として跡継ぎを期待されながら、家に書置きを残して上京した。

 親に内緒で受験した都南大学に合格したことが、そのような大胆な行動に繋がった。

 司法試験を突破し、弁護士になりたかったのだ。

 都南大学は私立でありながら学費が安く、司法試験合格者数がトップの座を争う法律の名門校である。その難関を持ち前の勤勉さに強運を持って突破できた。家という重い鎖を振り切っての上京であった。

 遼太の家では、長男が家の後を継ぎ、農業に従事するのは当然のことと考えていた。

 祖父母や両親から、親が元気なうちは、勤めてもよいという了承を得て、高校を卒業すると町役場に採用になり公務員となったが、その職をも辞して家を飛び出したことは、家族に大きな波紋を投げかけた。

 最も強いショックを受けたのは母親の由意であった。合格通知の電報をいち早く目にした由意は、遼太から上京の決意を聴き、涙ながらに上京を考え直してくれないかと懇願した後、数日塞ぎ込んだ。その弱々しい姿に、遼太は胸が詰まり心の動揺を覚えた。 

「大学、大学と人は大学へ行く者が偉いように言うが、大学へ行くと、鼻が高くなり、学歴のない人を見ては蔑む。人間は、学問より心が大事だ。『実るほど頭を垂れる稲穂かな』という言葉がある。本当に立派な人は、そのような謙虚な人のことだ。頭でっかちの人間じゃない。頭より、心の修養の方がどれだけ大切か、お前は分かっていない。大学へ行くことは断じて認めない。総領の甚六と言われるように、世間知らずのお前には農業があっている」

 厳格な父親の和正は、激しい剣幕で頭ごなしに反対した。

 遼太は、なぜ自分が大学へ行くのか理由を述べたが、憤慨した和正には通じなかった。

 遼太には、県外に嫁いだ姉と二人の弟がいる。4人は、幼い時から両親や祖父から家督を継ぐのは総領の遼太であり、姉や弟には十分な支援をすると言い聞かせられていた。  

 祖父の茂は60歳の時、和正に家督を譲っている。

 15家地年後に、和正がその年を迎えた時点で、遼太が後を受け継ぐことになると家族の誰もが承知しており、遼太の屋地も準備されていた。

 突然、予想だにしない話を聞いた両親のショックは計り知れないものであった。

遼太は、茂の妻の鶴代から奥座敷に来るよう伝えられた。

 仏壇の前の広い座卓の前で、厳しい顔付きの茂が、遼太を待っていた。その隣の席には、優しい眼差しを送る鶴代が居た。

「遼太、わしは今68歳だが、8歳の時に祖父の与之助から後を継いだ。林田家は、代々庄屋を務め、資産も多かったが、与之助の息子が放蕩して随分財産を失った。そこで、与之助は息子を勘当して、幼かったわしに後を継がせた。林田家はわしで11代、和正が12代、遼太で13代目になる」

 茂は、慶安時代から続く林田家の系譜を示して説明し始めた。

「先祖の土地を守り、財産を引き継ぎ、家系を継承することは、この家が地域を支え盛り立てるためにもとても大事だ。わしも和正もその重みを認識して、これまで骨を折り、住みよい地域づくりに努めてきた。それが社会的評価にもつながっている。皆が何一つ不自由な生活をしないですんでいるのは、そうした地域との深い信頼関係が、何世代にも亘って受け継がれてきているからでもある。後を継ぐということは、そういうことだから、幼いときからお前を地域に浸透するように育ててきたんじゃよ」

 先祖から受け継いできた歴史の重みを、茂は語りかけるように話した。

「遼太は、そのことは良く分かっていますよ。後継ぎのことについては、無理強いすることはしないであげてください。私は、遼太がしたいようにさせてあげたいと思っています」

 鶴代が口を開いた。

 いつも夫を立てて、従順に振る舞う良妻賢母の鶴代の発言に遼太は驚いた。

「お前は、黙っておきなさい」

 茂は、鶴代に向かって注意をするように言った。

「おばあちゃん、有り難う。おばあちゃんの気持ちはとても嬉しい。もう少し考えてみるよ」

 遼太は、小学生の頃、弟と喧嘩をした時のことを思い出した

 茂が激しい剣幕で遼太を怒鳴ったことがあった。

 その時、身体を抱きしめて守ってくれた慈愛に満ちた鶴代の姿と重なり、鶴代に感謝の言葉を伝えた。

 家族の愛情をたっぷり受けてきた遼太だが、何もかも捨てる覚悟で、弁護士になるという決意を書置きして、旅立ったのだった。

 

 震災から1か月過ぎた頃、遼太は書斎の片隅に積んであった段ボールの中から古ぼけた懐かしい手帳を見つけた。

 手帳には、長い間、音信不通となっていた松沢彩香の実家の住所と、嫁ぎ先の電話番号が丁寧な文字で記されていた。

 事務所の机の前で、遼太は携帯電話を手にした。

 話したいことは山ほどある。

 何から話せばいいのか、迷惑にはならないか、様々な思いが脳裏をよぎった。

逡巡し、電話番号を押す指は、何度も止まった。

 いつもてきぱきと対応する遼太の不可解な様子が、工藤の目に映った。

(素直な気持ちで、話せばいいんだ)

 遼太は意を決すると、震える思いで番号を一つひとつ確認しながら押した。

「はい。鈴木です」

 それは37年ぶりに耳にした彩香の変わらない懐かしい声であった。

「林田です」

「遼太さん?」

 彩香は驚いたような声で、問い返した。

「はい。そうです」

「お元気ですか。お懐かしゅうございます」

 遼太は、彩香の元気な声を聴いて安堵した。

「このたびの震災で、大きな被害がなかったか心配しています」

「ご心配ありがとうございます。でも、ここは大丈夫です」

「突然で申し訳なく思いますが、心配になってお電話させていただきました。放射能の影響はありませんか」

「郡山には被害はありません。ここは安全な避難先になっています。放射能もまったく心配ありません」

「何かお役にたつことができれば嬉しいのですが、何かさせていただけないでしょうか。食べ物やお水など、ご不自由なものはないですか。何なりと遠慮なくおっしゃってください」

 遼太は、若いころの自分の身勝手さに対するお詫びの思いを込めて話した。

「どうか、ご心配なさらないでください。大丈夫ですから……」

 彩香の物の言い方は、「構わないで欲しい」と念を押すような響きに受け取れた。

気丈な言い方にも聴こえたが、かつての身勝手な自分の振る舞いに対する心苦しい思いから、遼太はそれ以上言葉を続けることができなかった。 

 

((長い歳月の間、何の連絡もせず、いきなり同情されるような電話がかかってきたら、それにどう対応すればいいのか戸惑うのは当たり前だろう。昔のよしみで電話をされても、今の大事な生活を乱されては困る、そう感じたとしても不思議ではない。親切は無理強いするものではない)

 遼太は、懐かしい気持ちも言いたい言葉も一気に飲み込んだ。

 電話を終えた後には、心に引っ掛かるものを感じ、居たたまれない気持ちになった。

(彩香は、どんな思いで電話を受け取っただろう。芯の強い女性だから、れみを受けたくないとでも思ったのではないだろうか。長い年月を経て、突然かかってきた電話は、迷惑だったのか。彩香にどのような言葉をかけたら良かっただろうか)

 自問自答しながら彩香の気持ちを推し量ったが、表情が見えない中での短い会話だけでは困難だった。

「大先生、私が郡山に訪ねて先生の大事な人に会ってきましょうか?」

 工藤は、遼太の表情を見て心配そうに言った。

「彼女が、不安な状況の中にいやしないかと思うと、居ても立っても居られない気持ちだが、私が何か行動に移せば、却って負担をかけたり、辛い思いをさせたりして、迷惑をかけることになってしまいそうだから、彼女の言葉通りそっとしておこう」

「分かりました」

 工藤は、遼太の気持ちに応えた。

「大先生、その大切な人のお話、良かったらお聞かせいただけませんか?」

 事務員の吉田理恵は、遼太の目を直視して言った。

「私も是非お聞きしたいです」

 遼太を敬愛する門田も追随した。

「私も聞きたいです。その大事な人のことを・・・・・・」

 太一も関心を示した。

「大先生、みんなの願いですから、お話しくださいませんか」

 事情を知る工藤も要望した。

 些事齟齬も生まないよう職員たちとのコミュニケーションを大事にする遼太の姿勢の根底には、若かりし頃の反省があった。

 正直な心を相手に伝えることができず、大切なものを失ったという思いが、心の奥深くに留まっていることを、今も何かの折に感じることがある。

 遼太は、彩香への懺悔の意味を込め、長い間封印していた話を紐解くことを決意した。それによって、これまで呪縛のように締め付けられてきた心を解放したいと思った。

 それこそが、妻の佳織との愛に微塵の

)もないことを証明することになると考えた。

(あの時もそうだった)

 そう呟きながら、遼太の心は40年余り前にタイムスリップするのだった。

 

 

 

 

「そう言えば、吉田さんが行きたいと言っていた箱根だが、安藤事務所が利用していた温泉からの案内状が来ているだろ? 今年の事務所の旅行先にどうだろう」

「大先生、有難うございます。大変嬉しいです」

 吉田理恵は喜びの声をあげた。

 その時であった。突然、ビルが揺れた。

「大先生、地震です。皆さん、気をつけながら机の下にもぐってください」

 落ち着いた工藤の声ではあったが、深刻さが伝わった。

 遼太は、机の下で身をかがめながら、今まで経験した規模とは違う揺れを感じた。

 暫くして揺れが収まると、テレビから途方もない報道が流れた。

 三陸沖深さ24キロメートル、マグニチュード9.0という未曽有の地震発生の知らせであった。

 発生から4分後の14時50分には、岩手、宮城、福島の三県に大津波警報が発令された。

「すごい揺れでしたね。恐かったです」

 吉田理恵が、声を震わせた。

「南海大地震かと思いました」

 机にしがみついていた門田も、驚きを隠せない様子であった。

 遼太は、深刻な事態に身体が震えた。

 パソコンに映し出されている準備書面の画面を閉じ、窓辺に立って遙か彼方に目をやった。

 頭の中には、気がかりな東方に住まう人の姿があった。

「大先生、奥様がお見えです」

 吉田が、声をかけた。

「お仕事中、ごめんなさい。途方もない大きな地震だわね。関東の知り合いに連絡しようとしても電話が通じないの。居ても立っても居られなくて、……」

 妻の佳織は、血相を変えて遼太に話しかけた。

 突然、防災行政無線放送が流れた。

 県内の太平洋に面する沿岸部に、津波の危険性が迫っている、という緊急放送であった。

 遼太は、職員たちに帰宅を促した。

 その時であった。

 テレビから家や田畑を一気に飲み込む、無残な津波の映像が流れた。

「見て、大変よ! 津波で多くの被害が出ているわ」

 佳織は声を震わせた。

「何ということだ!」

 遼太は、巨大な津波に住宅が飲み込まれていく映像に目を疑った。

 さらに、テレビ画面は、千葉県市原市で、製油所の高圧ガスタンクが落下し、ガス管の破裂で爆発炎上を映し出した。

 それを目にするや、遼太は市原市に住む姉の美穂に安否確認を行った。

 電話は一瞬繋がった時点で、無事が確認されたが不安は増大した。

「大先生、今日のお祝いの延期はやむを得ませんが、花束贈呈だけでもさせていただけませんか」

 未曽有の惨事を目の当たりにした工藤は、被害にあった人たちへの思いに心を寄せ、沈痛な表情を浮かべた。 

「大変な事態の中ですが、大先生と奥様のご結婚30周年を祝して、花束贈呈をさせていただきます」

 工藤の進行で、遼太には吉田、佳織には、門田からそれぞれ花束が贈呈された。

花束を受け取った遼太は、所員たちの配慮に、心からお礼を述べた。

「お料理は、持ち帰っていただきたいので、少しお待ちください」

 佳織は、吉田と共に手際よくパック詰めにした料理を各自に手渡し、帰宅を急ぐよう伝えた。

 所員を見送った後、遼太は被災地の被害状況が、繰り返し報道されるのを見て、その惨状に心が痛んだ。

 かつて運命に翻弄され、苦しんだ遠い過去と、目の前で起きている無慈悲な現実の姿が重なり、どこにもぶつけようのない悲しみが渦巻いた。

  そんな中、テレビから、福島第一原発事故発生の報道が流れた。

 遼太は、凄惨を極める爆発に背筋が凍りついた。

「あなた、あなたの大学時代のお友達、彩香さんや流水さんは大丈夫なの?」

 佳織には、結婚前に一度だけ彩香のことについて触れたことがあった。

 佳織の投げかけた言葉は、遼太が最も気に留めていることであった。

「確かめる術はないの?」

 遼太の心の内を透かしたような問いかけであった。

 遼太は、激しいショックで、その日の食事はのどを通らなかった。

 その日から、連日放映される報道に、遼太は被災された人々の安否を祈り続けた。

 

 

 

 

 

 門田は、友人の青木と2人夏休みを利用して、甲信越方面に観光旅行をした際、ちょっとした油断で、大切な荷物を置き引きの被害にあったことがある。

 その時、助けてくれたのが、私の大学時代の友人丸山博であった。

 新潟県の観光課に勤める丸山は、観光地の様子を見回っていた際、途方に暮れている二人を見つけて声をかけた。

「良かったら今夜は、うちに泊まらないか」

 困っている者を放ってはおけない性格の丸山は、二人が私と同じ郷里の旅人であると分かると、奇遇な巡り合せを感じ親近感を覚えたようだ。

「いいのですか?」

 落ち込んでいる門田に寄り添う青木の安堵したような返事であった。

「いいとも、困っている時はお互い様だよ。幸いこの近くに交番があるから、まずは被害届けを出しておこう」

 丸山は、目の前で困惑する旅人の不安を吹き飛ばすかのような明るい声で言った。

 その丸顔からこぼれる優しい笑顔を見て、門田はホッとしたように深く頭を下げた。

 立派な門構えの丸山宅に着くと、事前に連絡を受けていた妻の由利が庭先で出迎えた。

 

 

「こんにちは。はじめまして。良くお越しくださいました。今日は災難でしたね」

 由利は、二人の気分が少しでも軽くなるようにと、手づくりの料理を準備して待っていた。

    相手の気持ちを慮る由利の応対に、二人は安心した様子をみせた。

 門田と青木は、風呂からあがると、くつろげる環境の日本間に通された。

「乾杯!」

 由利が加わり、酒宴が始まった。

「心配だろうが、被害届も出したし、盗まれた物が戻ってくることを信じよう。軍資金は多少援助するので、予定通り旅行は楽しんで欲しい」

 丸山は、旅の不安を取り除こうと努めた。

「今日は高知からのお客様ということで、主人は大層喜んでいます」

 丸山のもてなしと由利の如才ない対応に、門田の心は和んだ。

「本当に人生って不思議なものだね。もう四〇年程前になるけど、私も君たちと同じように高知の親友と二人で旅行をして、助けてもらったことがある。今でも時々懐かしく思い出すよ」

 丸山は学生時代、私と東北旅行した際、知り会ったばかりの人の家で接待を受けた時のことを語った。

「主人は、お酒が入るとその時の話を良くします。余程、林田さんとの思い出が強く心に刻まれているのでしょうね」

「丸山さんのお話をお聴きしていると、友人の林田さんにもお会いしたくなりました。ご迷惑でなければ、ご紹介していただけませんでしょうか」

 門田は、丸山の話に吸い込まれるように関心を示した。

「迷惑どころか、是非紹介したいと思っていたところだよ」

 丸山は、その場で私の携帯に電話をかけてきた。

 

 門田が、林田法律事務所を訪ねたのは旅を終えた数日後であった。

「君が門田君か。良く訪ねてくれたね」

 私は、両手を広げるようにして門田を迎え入れた。

「門田祐二です。お目にかかれて光栄です。ご迷惑も顧みずお伺いしました」

「大歓迎だよ。それにしても、大変だったね。丸山君から君の話を聴いて、自分たちの旅行のことを思い出したことだよ」

 私は、ソファーに腰を下ろしながら、門田に向かって話した。

「先生からお話をお聴きしたいと思っていることがあるのですが、お伺いしてもよろしいでしょうか」

 門田は、いくつか質問を準備していた。

 私は、丁寧に答えた。

「先生が弁護士になられた経緯など、いろんなお話をお聴きできて、本当に良かったです。できればもっと身近で先生から学びたい思いに駆られました」

 門田は、私の強い信念を感じたような話っぷりであった。

「何と表現したらいいか分かりませんが、胸の奥に熱いものを感じています。誠に不躾なお願いで恐縮ですが、先生の事務所で勉強させていただけないでしょうか」

 門田は、運命的な出会いを直感したかのように懇願する。

「それは構わないよ。来年の3月の卒業まで、ここでアルバイトでもしてみるかい」

 この日から、門田は事務所でアルバイトを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「大先生、5時半に奥様がおいでますので、外出しないでいただけますか」

 工藤伸介は、裁判記録の入った風呂敷包みを開きながら私に長の声をかけてきた。

 私、林田遼太は、銀座の安藤信夫法律事務所で、10余年居候弁護士生活を送った後、郷里の高知市に帰り、妻佳織の父親が建てたビルに法律事務所を構えて20年になる。

 5階建てのビルは、裁判所、検察庁などに歩いて数分の利便性が良い場所にあり、地下と1階が駐車場、2階と3階がテナント、4階が林田遼太法律事務所と貸会議室、5階が居宅となっている。

 私は、法の正義に情熱を燃やす安藤弁護士の教えに従い、誠実で真摯な対応、低廉な料金設定などで顧客からの信頼を得て、4名の所員とに支えられ順調な経営を続けている。

 工藤伸介は、15年前、司法修習生としてこの事務所で実務修習を受けたことを契機として、司法修習終了の年に就職し、今では私の右腕となっている。

「何か、あるのかね?」

 私は、口頭弁論の準備書面を作成していた手を、パソコンのキーボードから離して振り向いた。

「大先生、30年前の今日のこと覚えておられますか。大切な日ですよね」

「1981年の3月11日だよね」

「そうですよ、大先生」

 工藤は、微笑みながら念を押すように言った。

「そうか!」

 一瞬戸惑ったが、思い出した。

「ご結婚30周年、おめでとうございます」

 職員たちが、祝福の声をあげた。

「ささやかですが、事務所のみんなでお祝いをさせていただこうと思いまして、内緒で進めていました。この後大先生にご予定がないと、奥様にも確認していましたから、隣の会議室で、太一先生と吉田さん、そして門田君たちでお祝いの準備をさせてもらっていました」

 工藤は、事情を説明した。

「私は、吉田さんと門田君のお手伝いしかできていませんので・・・・・・」

 工藤の隣に席を構える林田太一は、頭をかきながら申し訳なさそうに言った。

 太一は、私と佳織の一人息子で一年前、司法修習を終え事務所の一員になっている。

「もう30年になるのか。遠い昔のことのようにも思うが、時が過ぎるのは早いものだね」

「奥様は、30年前のことをしっかり覚えておられましたよ」

 工藤は、爽やかに話した。

「大先生が、事務所の慰安旅行の宴席で、若かりし頃のお話をしてくれた時、今日のことをチェックをさせてもらっていました」

 事務所開設と同時に事務員となった吉田理恵は、微笑みながら私の机にお茶を置いた。

「チェックされていたとは、滅多なことは言えないな」

「私たちに秘密にされることなんてありますか? 何を隠してもだめですよ」

 工藤は、冗談めかして言った。

「そうですよ。大先生、話してはいけないことは誰にも言いませんからご安心ください」

 吉田は、にこやかな笑顔を見せた。

「自分も今年の慰安旅行で、大先生からお話をお聴きできることを楽しみにしています。5月が待ち遠しいです」

 大学卒業後、林田法律事務所に就職することを決めて、バイトをしている門田祐二は、目を輝かせた。

 

 

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