Alice Sara Ott の"ラヴェルピアノ協奏曲ト長調"。のだめにも出てきた愉快な曲。
思い出したのは、撮影をしたハーピストにムソルグスキーの”展覧会の絵”を薦められたこと。うん、彼女らしい曲。それだけじゃあないけどね。アンリエット・ルニエや、まあハープに関することもいろいろ。
その道に長けた人は知らない人にわかりやすく説明してくれる。それも楽しそうにね。
で、こちらも興味を持っちゃっていろいろ調べたりして。そうだね、興味を持たせてくれる。まあ、全てがうまくいくわけはないけど、好き嫌いの判断は相手だから。でもさ、その人が持っている多くの知識からこの人に合っている話題をフルんです。時にはチャレンジした話題も。
僕はチャレンジをしてよく失敗する。
追記
今、youtubeで「展覧会の絵」が流れてきたので
思い出したのは、撮影をしたハーピストにムソルグスキーの”展覧会の絵”を薦められたこと。うん、彼女らしい曲。それだけじゃあないけどね。アンリエット・ルニエや、まあハープに関することもいろいろ。
その道に長けた人は知らない人にわかりやすく説明してくれる。それも楽しそうにね。
で、こちらも興味を持っちゃっていろいろ調べたりして。そうだね、興味を持たせてくれる。まあ、全てがうまくいくわけはないけど、好き嫌いの判断は相手だから。でもさ、その人が持っている多くの知識からこの人に合っている話題をフルんです。時にはチャレンジした話題も。
僕はチャレンジをしてよく失敗する。
追記
今、youtubeで「展覧会の絵」が流れてきたので
先日、献血をしました。400mlの全血。わざわざ全血と書いたのは献血には全血と成分献血があるから。僕が初めて献血をしたのはバイクの試験を受けに行った帰りなんだけど、あーあるね。その当時は200mlの全血しかなかった気がするけど
で、調べました。
1986年(昭和61年)4月からは、委員会の中間報告<1985年(昭和60年)8月>を基にして、新しい献血基準が採用され、血しょう分画製剤の製造に必要な血しょうを確保するため、また輸血の効果と安全性を高めるために、400mL献血と成分献血が導入されました。
「とれるものならどうぞ」って導入後400ml何気なく献血をしてきたんだけど「成分献血」ってものを今日調べました。
献血には全血献血(400ml、200ml)と成分献血(血小板成分献血、血漿成分献血)があります。献血200mlからは赤血球製剤1単位と新鮮凍結血漿(しんせんとうけつけっしょう)1単位(80ml)、400ml献血からはそれぞれ2単位ができます。濃厚血小板は400ml献血から2単位(40ml)ができます。成人に血小板輸血を行う場合、1回10~20単位を使うことが多いため、5~10人分の血小板が輸血されることになります。
なんだ!みみっちく成分だけじゃなく、どーーーんと全部あげるわあ!より成分献血の方が多くの人に渡るんだね。知らなかった。
赤十字の人は献血者は善意の人と思っているから誇張していないけど、それに献血方法、成分献血は成分だけとるのでその他は一度機械を通った血液をまた自分の体に入ってくるということを気にする人もいると。書いてあった。赤十字ではないサイトにね。
調べないとわからないね。
200mlでも400mlでも成分献血でも優劣はない。僕の友達で移植をしているから献血できない人もいろ。献血をしているから偉いとも思わない。それより献血が出来る僕は「いいことしている感」を貰っている。んー、違うか。血管を入る注射器をじっと見てしまう。血液が流れる管を見てしまう。400mlを5分で抜かれる。なんだろうね。
次、成分献血を体験したいと思います。
で、調べました。
1986年(昭和61年)4月からは、委員会の中間報告<1985年(昭和60年)8月>を基にして、新しい献血基準が採用され、血しょう分画製剤の製造に必要な血しょうを確保するため、また輸血の効果と安全性を高めるために、400mL献血と成分献血が導入されました。
「とれるものならどうぞ」って導入後400ml何気なく献血をしてきたんだけど「成分献血」ってものを今日調べました。
献血には全血献血(400ml、200ml)と成分献血(血小板成分献血、血漿成分献血)があります。献血200mlからは赤血球製剤1単位と新鮮凍結血漿(しんせんとうけつけっしょう)1単位(80ml)、400ml献血からはそれぞれ2単位ができます。濃厚血小板は400ml献血から2単位(40ml)ができます。成人に血小板輸血を行う場合、1回10~20単位を使うことが多いため、5~10人分の血小板が輸血されることになります。
なんだ!みみっちく成分だけじゃなく、どーーーんと全部あげるわあ!より成分献血の方が多くの人に渡るんだね。知らなかった。
赤十字の人は献血者は善意の人と思っているから誇張していないけど、それに献血方法、成分献血は成分だけとるのでその他は一度機械を通った血液をまた自分の体に入ってくるということを気にする人もいると。書いてあった。赤十字ではないサイトにね。
調べないとわからないね。
200mlでも400mlでも成分献血でも優劣はない。僕の友達で移植をしているから献血できない人もいろ。献血をしているから偉いとも思わない。それより献血が出来る僕は「いいことしている感」を貰っている。んー、違うか。血管を入る注射器をじっと見てしまう。血液が流れる管を見てしまう。400mlを5分で抜かれる。なんだろうね。
次、成分献血を体験したいと思います。
久しぶりにカラオケやってきました。
夕方から御徒町で呑んで最終電車の少し手前にカラオケ屋に入り朝5時まで。あれだね、故人になった方の曲が多くなりました。
忌野清志郎、やしきたかじん、村下孝蔵、大瀧詠一、フレディ・マーキュリー、・・・、他、誰歌ったけ?何しろ「あー、この人も亡くなっちゃったね」という台詞がたびたび出た。
何故か最近キャンディーズをきいているんだけどスーちゃんも亡くなっちゃったね。東北大震災の年。「やさしい悪魔」が本人映像だったので唄ってみたんだけど可愛かった。「若さ」って本当に素晴らしいと思ったよ。
純愛の定義を見返りを求めない愛という人がいる。いい事をしたら満足感を得る、それは純愛か?になる。美の存在こそ、本当の純愛と言った人がいる。誰だっけ?
んー、満足感を得てもいいと思うんだけど。献血しても純愛だと思うよ。いい事したな、その位のご褒美貰ったてもいいじゃん。その点、マザー・テレサは自己に厳しかったと思うけど。
存在だけで価値がある。
それを証明するのが写真かな。見る人に無償の愛を与えてくれる。それを「美」って云っているんだろうね。
夕方から御徒町で呑んで最終電車の少し手前にカラオケ屋に入り朝5時まで。あれだね、故人になった方の曲が多くなりました。
忌野清志郎、やしきたかじん、村下孝蔵、大瀧詠一、フレディ・マーキュリー、・・・、他、誰歌ったけ?何しろ「あー、この人も亡くなっちゃったね」という台詞がたびたび出た。
何故か最近キャンディーズをきいているんだけどスーちゃんも亡くなっちゃったね。東北大震災の年。「やさしい悪魔」が本人映像だったので唄ってみたんだけど可愛かった。「若さ」って本当に素晴らしいと思ったよ。
純愛の定義を見返りを求めない愛という人がいる。いい事をしたら満足感を得る、それは純愛か?になる。美の存在こそ、本当の純愛と言った人がいる。誰だっけ?
んー、満足感を得てもいいと思うんだけど。献血しても純愛だと思うよ。いい事したな、その位のご褒美貰ったてもいいじゃん。その点、マザー・テレサは自己に厳しかったと思うけど。
存在だけで価値がある。
それを証明するのが写真かな。見る人に無償の愛を与えてくれる。それを「美」って云っているんだろうね。
異なった女の子の写真を羅列したらカタログになるような写真はどうも好きになれない。
写真は記録だから、記録という点においてはそれもいいだろう。なら。
五味彰の「YELLOWS」のように同じサイズ、同じポーズで撮ればいい。
定点観測。
どの位置で構えて撮影するか。あ、観る人もそうなんだけど。まあそんなことを気にしないでも出来た写真を観て気付くこともあるんだけど。
それが決まらないと、森山大道の「遠野物語」みたいに片っ端から撮ってみたくなる。
一回目の撮影は運。
二回目は違う。二回目と三回目はさほど違いは無いけど一回目と二回目の撮影は大きな壁がある。
撮り続けるとなると山だな。
山?
旅かあ?
じゃあ、一回目と二回目の間には大きな川が流れているのか。橋があったら楽チンね。
そうだね。一回目は近所で散歩、自転車でポタリング。バイクで、自動車で、とりあえず走ってみようか。
何度も行きたくなる場所がある。
今日はこっちから行ってみよう、とか。この裏道、入ってみよう、とか。
朝、行ってみよう、とか。夜、行ってみよう、とか。雨の日は、とか。
それが二回目の写真、二回目以降の写真。
ここに行った。ここまで行った。数や距離やスピードを競うのもいいんです。
ただ、それでは撮れにくいものがあって。
「どこでもドア」は目的地に行くだけなら便利だけど心の準備が出来ない。
カラダを使って準備をするんだな。
写真は記録だから、記録という点においてはそれもいいだろう。なら。
五味彰の「YELLOWS」のように同じサイズ、同じポーズで撮ればいい。
定点観測。
どの位置で構えて撮影するか。あ、観る人もそうなんだけど。まあそんなことを気にしないでも出来た写真を観て気付くこともあるんだけど。
それが決まらないと、森山大道の「遠野物語」みたいに片っ端から撮ってみたくなる。
一回目の撮影は運。
二回目は違う。二回目と三回目はさほど違いは無いけど一回目と二回目の撮影は大きな壁がある。
撮り続けるとなると山だな。
山?
旅かあ?
じゃあ、一回目と二回目の間には大きな川が流れているのか。橋があったら楽チンね。
そうだね。一回目は近所で散歩、自転車でポタリング。バイクで、自動車で、とりあえず走ってみようか。
何度も行きたくなる場所がある。
今日はこっちから行ってみよう、とか。この裏道、入ってみよう、とか。
朝、行ってみよう、とか。夜、行ってみよう、とか。雨の日は、とか。
それが二回目の写真、二回目以降の写真。
ここに行った。ここまで行った。数や距離やスピードを競うのもいいんです。
ただ、それでは撮れにくいものがあって。
「どこでもドア」は目的地に行くだけなら便利だけど心の準備が出来ない。
カラダを使って準備をするんだな。
先日、
Nikon ワイドコンバーターアタッチメント NH-WM75
を購入した。これで20mmで撮影できる。
今まで広角は35mmまで、人を撮るようになってまったく使ってなかった。と、いうより広角を使うのはレンズの特性で目の前の事実を湾曲することはカメラの機能?複写として邪道だと思ってた。
でもね。旅先で撮った写真を見て、どうも足りない。もっと入れたいと思って、でも旅の荷物を増やしたくない。目指すは総重量15kg。で、ワイコン。
んー、ワイコンをつけると当然レンズは長くなる。ブザマ。
でも、おもしろい。
Nikon ワイドコンバーターアタッチメント NH-WM75
を購入した。これで20mmで撮影できる。
今まで広角は35mmまで、人を撮るようになってまったく使ってなかった。と、いうより広角を使うのはレンズの特性で目の前の事実を湾曲することはカメラの機能?複写として邪道だと思ってた。
でもね。旅先で撮った写真を見て、どうも足りない。もっと入れたいと思って、でも旅の荷物を増やしたくない。目指すは総重量15kg。で、ワイコン。
んー、ワイコンをつけると当然レンズは長くなる。ブザマ。
でも、おもしろい。