日刊ぷらすれっど -落書き編- presented by plusRed -20ページ目

日刊ぷらすれっど -落書き編- presented by plusRed

ごくごくありきたりな写真と面白味に欠ける文章でまとめてあるクソ真面目なブログです。”ぷらすれっど”は写真事務所らしい。

慣れなんだろうな


慣れちゃったからあんな写真なんだろうな


新鮮さがない


緊張感がない


適当感が出ている


前の記事で「相手を知る」って書いたけど、相手を知るってのは被写体そのもののことでもあるけど、撮る対象物、んー撮る対象の物事なんだよね。アラーキーが田原桂一の写真を見て「おまえは光を撮っている、オレは光で撮っている」と云ったようにね。撮る対象が明確なんだ。


女の子を知らないと女の子の写真は撮れないでしょ


○○ちゃんを知らないと○○ちゃんは撮れないでしょ


女の子を撮っているから女の子の写真が出来るのは当たり前、でもそれはその女の子の女の子を写っているわけではなくて、その女の子の出会いが写ってるだけのこと。それも大切なことなんだけどね、錯覚してはいけないのは出会いしか写っていないってことなんだよ。何が、が写ってない。


言ってみれば、記録だね。


記録は記録として撮る。これも撮影の大切な要素。


中途半端なことしちゃったからあんな写真になっちゃたんだなあ。出雲屋敷はちゃんと撮ったのに、神社仏閣となると撮れない。前回お地蔵さんを撮ったけど、それもだめだったなあ。ポートレートのように撮ろうとしたんだけどね。


すごいね、ヘムルート・ニュートン、とかさ、ユージン・スミス。思い出したよ、あの人たちの撮影前のコンセプトの固め方。今、オリンピックやっているけどさ、あの人たちは毎日毎日練習してきたんでしょ、普通の人より才能があって、その上に練習を重ねてさ。いやー、なんでこんな年になってもまともな写真撮れないんだあ。なんか大きなものを忘れているのかあ。


下手な鉄砲も 数打てば当たる


は、信じない。


鉄砲の性能も理解して 方向も定めて 打つようにします。


出来たら弾はたくさんあった方がいい、その点デジタルはいいよね。1枚の緊張感は薄れるけど。


あー、もう反省しないぞ。





今回の旅の写真を整理しているんだけど、思い通りに撮れていない。「思い通り」?よく考えたらそんな「思い」なんて持ってなかったことに気付いた。


相手のことを知らない。それが敗因だな。


出雲大社なんて惨敗だ。3年目に行った伊勢神宮のときも同じだ。何を撮っていいのかわからない。元来僕は神社仏閣など興味がない。興味がないのは撮れるわけがない、そんなこと撮る前からわかっていることなにね、なんとかなると思ってレンズを向ける。ん?カメラを構えることさえできない。


「きれい」だと感じているだけじゃあだめ。「何が」きれいか明確に分かっていないとレンズを向けることもサイズもアングルも絞りもシャッタースピードも…、あはは何かアマチュアの写真本に載っているような話だな。


ヒキで撮っておけばサイズは多少なんとかなるけど、アングル、遠近、被写界深度はなーんともならん。あ、シャッタースピードもだ。撮ってきた写真を見てつくづくつくづく、つくづく思った。なんとかなると思ってたのになあ。


もっと上手くなりたい


なんて、おこがましい。



今回の旅で撮影したものをfacebokにアップしてます。


facebook


何故facebookか?閲覧数は確かにamebaの方が遥かに多いんだけどタイムラインがおもしろい。amebaでもタイムライン(時間軸)で写真を整理できるんだけど場所とかね付属している機能がfacebookについているからね。今回はタイムラインで写真を整理したい、ってこと。


気に入ったら「いいね」ボタンを押してください。喜びます。


あ、facebookやってない人は「いいね」出来ない? この際だから入っちゃえ、入っちゃえ。


あ、女の子の写真は一切ありません。少しは撮ったけどまだアップしていません。女の子の写真を期待しないでください。


まあ、女の子の写真ばっかり撮ってきた奴がどんな写真を撮ったか興味があったら覗いてください。

智に働けば角が立つ、情に棹させば流される、意地を通せ ば窮屈だ、 兎角女の子は撮りにくい。


なーんてね



形には意味がある。そうなった経緯がある。ポーズも同じ。


つま先の方向、かかとの位置、膝、腰、肩、肘、手首、指先、首、顎、…、それらの形には意味がある。


リラックスしたときのポーズ、楽しいときのポーズ、興ったときのポーズ、哀しいときのポーズ、…人は相手が言葉にしなくても形からその人の思いを感じることをしている。まあ、時には勘違いってこともあるけれども。


なのに、何故そんなポーズをするのさ


喜怒哀楽がめちゃくちゃ


何を一体言いたいのさ


あのね、形の意味を、いや、型の意味を考えないから形になっていないの


昨日面接したモデルさんがつい最近撮った宣材を見せてくれた。


バストアップの写真を見て、「んー、どこ見てるの?」


「カメラマンさんが遠くを見るように」って最初に指示?アドバイス?してもらったんだって、


あのなー、宣材の意味知ってるのかよ、その「プロ」のカメラマンは????


自分勝手にやってもいい作品撮りとは違うぞ


あ、脱線した。


こんな初歩的な話しをしたいんじゃなくて、


だからね、各パーツの位置の形によってどう表情が変わるかを理解すればいいと思うよ


鏡の前でね、パーツをいろいろと形を変えてみる、で整理する


しょうがない、自然にできないなら理屈、理論で整理するしかない


昨日の子、もっと教えてあげたかったな


別れたあとに重要なことを思い出したよ


つまんで立つ、縦を感じるポーズと横を感じるポーズ、上半身は縦を感じて下半身は横を感じるポーズ、ちょっとした意識、この場合はテクニックかな、簡単にポーズが出来るのにね


まあいいか、そこまで求めているようなら連絡がくるだろう


今までそうだったからね


さて、がんばろ。






御徒町のカフェに入った。途中、少年野球団体のチャリンコ集団逆送に出会った。先頭は大人だった。

旅先、境港で大山のガイドをしているおじさんに出会った。タバコの吸い殻を足元に捨てていた。





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感性っていうのは言葉に出来ない理論だと思う。理科大物理中退の僕の中途半端な知識で言うのは真実味がないけど、実験データってのが経験でしょ、理論→実験→分析の繰り返し。大学一年生のときに実験データをグラフにして適当に点を繋いでいったら教授に「何故この線はデータの上を通っているの?」と質問された。線にも意味があるんだな。当たり前のことだったんだ。何事も意味がある。





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カメラを武器にするときは悪を叩くとき



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僕は仕事柄プロ?あんまり好きな表現じゃあないけど一般的だからプロと使うけど、プロの撮った、プロ(モデル)
が撮らせている写真を見る機会が多い。そのまま撮る、ってより変化させるんだよね。でもさ、その変化の意味がわからない。アングルにしてもサイズにしてもライティングにしてもポーズにしても表情にしても。何故こうしちゃったの?説明して欲しいです。何を言いたいのですか、ってね。

僕は素人とは言えません。ずっと仕事として写真に携わってきましたから。ポスプロのオペレーターがドロップフレームとノンドロップフレームの違いと使い方を説明出来ない事と同じような恥ずかしいことだと思います。

感性なんて基本の上に成り立つもの。基本ってものは教科書や広辞苑に載っているものだけでは意味を成さない。それこそ、「かた」と「かたち」であって「ホーム」と「スタイル」。意味があるからその「かたち」になった。それで初めてスタートラインに立てると思います。

出口を探そうともがいていたら、まだスタートラインにさえ立っていないことに気がついた。森山大道の言葉です。僕の記憶では「写真よ さようなら」のあとに綴った言葉だったような気がします。

写真を撮ることをシューティングとかショットといいます。写真は猟にしたくありません。カメラは銃にしたくありません。被写体は獲物にしたくありません。カメラマンはハンターになってはいけません。






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