「写真はボタンを押すだけで誰でも撮れる。でも僕はこっちを向いていない写真は淋しく感じる。」
と云った写真家がいる。もちろん、目線がカメラを見ていても心が向いていない写真のこと。だから、視線を外していてもこちらを向いている写真もある。
その言葉のあとにその写真家は年をとってだんだんこちらを向いている写真が撮れるようになった。それがうれしい。と、続いていた。
好きな写真の物真似をいいけど、カタチだけ(本当はカタといいたいんだけど)真似て大切なものを、伝えたいものを忘れているんじゃないか、と思う写真が多い。まあ、それはがんばっているなって程度で可愛げがあって微笑ましい。けど、それを商売にしているのはどうかな?と。
写真はカメラマンの腕で決まる?そんなわけないじゃん。富士山は富士山で誰が撮っても富士山。きれいに撮れた?そんなのは小さなこと。四季の富士山の姿、それはモデルの表情。その方がずっと重要な要素だと思います。富士山をどこから撮るか、アングル。どの時間で撮るか、ライティング。そんなのは二の次、三の次。
宣材写真を何故横顔で撮るんだろう。何を伝えたいの?人に伝えるときは正面だろ?宣材写真って面接なんだよ。一生懸命、目の前の相手にやる気を伝えないけれいけないときに横向くのか?そんなのは気持ちが入っていない証拠さ。よく見てご覧、「宣材写真を撮ります。僕は腕がいいです。」と云っているカメラマンの写真を。ネットで検索すればすぐ出てくる。どうです?こっちを向いている写真が何枚あるか。心はこっちまで届いているいないどころか内に向いているんじゃないかと思うような写真。記念写真ならいい、でも他人に向けている写真なら撮られているあなたが真正面で向かわないと伝わらないと思うよ。何を見て欲しいのさ。
写真って撮り手が感じた瞬間シャッターボタンを押すからね。よくわかる。こんな瞬間、シャッターボタンを押したんだ。何が両者、通じ合ったのかな。ああ云うよ、上から目線でぼろ糞に。だって、誰にでもわかることだから。人間は30種類以上の表情筋があって他人の感情を読み取ることに長けている動物なんだよ。真剣さは表情に出ます。かわいい、綺麗に見せるのは二の次だ。
と、考えなくてはいけない。女の子だもんね、かわいく綺麗に見せたいと思うのは当然。
カメラを向けられるという非日常な空間にいるとき、しかもアカの他人に向き合えなんて意識しなければ大切なものを忘れがちになる。だからこそ意識して今何が一番大切か考えて欲しい。そうすれば誰が撮っても同じ写真になります。
可愛い、きれいで見るのではなく、何か伝わるもの。あはは、可愛い、きれいが伝わった?
そうか、伝わっているのか。
ならいいや。
あーあ、タイトルは「なら、いいや」だな。


