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日刊ぷらすれっど -落書き編- presented by plusRed

ごくごくありきたりな写真と面白味に欠ける文章でまとめてあるクソ真面目なブログです。”ぷらすれっど”は写真事務所らしい。

はまった。


miwaの”miracle”


のPV。


土曜日から日曜日、リピートでずっと聴いていた。ではなく、観ていた。


いいね、あのステップ。あー元気、元気がいい子は見ていて気持ちがいい。で、ずっと?嘘です。で、ANNを聴いていました。オールナイトニッポンやっていたんだね。今年の3月まで二年間。あれだけ人気がある子だからテレビでちらみはしたけど、こんな子だとは思わなかった。豪快な笑い方をするいい子だね。


オールナイトニッポンは僕が中学二年生の頃から高校三年生までお世話になった。その当時は中島みゆき、桑田さん、所さん、坂崎さん、もちろんタモリ、鶴光とか、あ、谷山浩子とか今は嫌いになったアイツとか月曜深夜から土曜日まで1部2部と聴いていたっけ。


豪快な笑い、中島みゆきもそうだったなあ。その番組を聴いてからファンになった。思い返すとあの頃の僕にとってはパーソナリティーはお兄さんとかお姉さん的な存在だったな。たぶん、今の時代も中高生にとっては同じなんだろう。可愛いお姉さんでよかったね。還暦を過ぎても頑張ってもらいたい。


ちなみにオードリーの若林をゲストに迎えた回が面白かったぞ。




日曜日の夕方が「サザエさん」です。見ていなくてもBGMでもいいのです。癒されます。


今、ちょっとしたきっかけがあってモノクロのレタッチをしています。懐かしくやっています。大学生時代、18才19才のときモノクロの現像紙焼きをしこたまやっていました。そう言えば、18才といえばプロラボでバイト、19才のときは写真雑誌ファッション雑誌で原稿整理のバイト。たくさんの生写真を見ていたことに今更ながら気が付きました。荒木経惟さん、森山大道さんは月刊で連載だったからね、いい環境だったんだね。


18才プロラボ時代にそこのラボマンに引き伸ばし機を安く譲ってもらいモノクロの紙焼きを始めたんだよなあ。その前にモノクロフィルム現像は始めていた。光沢でコントラストが強い写真が好きだった。バイト学校で夜ばっかり撮っていた。フィルムを高温で現像して粒子を荒くしたり、したり?あはは、偶然、正直言うと失敗ね。覆い焼きもしたなあ。そんな時代を経て荒木さんや森山さんの写真に出会ったんだよな。


今さ、photoshopでレタッチしていてもそのときの感触が残っている。これは露光時間を短くしてコントラストを強くしたい、これは長くしてモノトーンを出したい、これは覆い焼きして遊びたいとか。マウスでやっているけどタッチパネルにしたらホント作業的には類似するね。


今の時代、モノクロなんて奇をてらっているだけだと思われる方もいるだろうが情報過多な時代にモノクロは癒しになるかも。




今、作業している写真はこちらにアップしています。

http://kagiyamasatoshi.skyrock.com/




”The Straight Story”を今観終わったところです。デビット・リンチ監督のロードムービー。病気で倒れた兄に会うため芝刈り機に乗って560kmの旅にでる73才男の実話を基にした映画だそうだ。


ロードムービー、好きだね。


2週間前、僕も3週間の小旅行から帰ってきました。今回は昨年の続き、島根から山口県下関まで自転車移動。模様は https://www.facebook.com/satoshi.kagiyama  に少しですが載せておきました。


ロードフォト。





あ、そうだそうだ。前回メソッド演技のことを書き忘れていたんだね。


メソッド演技。演技の勉強をした人は知っていると思うけど、知らない人はウィキペディアで調べてね。先ほど投稿したのもメソッド演技だよなあ、と思った。


自然な写真


まあ自然という定義付けは個々さまざまで難しいけど。なーんだ演技も写真もいっしょじゃないか。


誤解して欲しくないのは自然な写真が正しいとか正しくないの話しじゃあないからね。作り上げる写真もいいし作らない写真もいい。いっしょには出来ない。




ステラ・アドラーが興味深い言葉を残している。

「演技を教える事は出来ない」


だってさ。




自然な演技と自然な写真。演技もコピーなのかな?


演技について勉強も考えたこともないから大したこと言えないけどスチール撮影していてモデルの表現が乏しいときは「自然な表現ってのは伝わってこそ自然な表現」って言っていたな。舞台には舞台の自然な表現があって、映像には映像の自然な表現があって、写真には写真の自然な表現がある。自然自然と考えるより伝えるということを一番先に考える。


伝える?そんなこと考えて写真なんか撮ってないけどさ。いいの、被写体が考えてくれているし持っている。居ればいい。







隅田川花火大会、雨のため中断で残念だったね。僕はテレビ映像を観ながら音だけ聞いていた。


今、ユーミンを聴きいている。いくつになってもユーミンはお姉さん、アネキだな。ユーミンとか中島みゆきとか、サザンはアニキかな。それはやっぱし思春期に聴いていた曲だからなんだろう。その当時深夜ラジオから聞こえてくる音楽って趣味ででなくてもある程度年を重ねると懐かしく感じる。子宮回帰って言葉があるがいつの間にか人生折り返して戻っているのだろうか。そういえば今バイクを降りて自転車に乗っている。次は三輪車か?いや、三輪車に乗った記憶はないが。よちよち歩きで、ハイハイで、おむつも近いな。


最近海が撮りたくなったのもそうせいだろう。小学生の夏休みは西伊豆の祖父母の家で過ごしていた。兄弟はいたが何故か僕ひとり祖父母といっしょに過ごした。純日本家屋、土間があって屋根が重厚で。夏の強い日差しを浴びても家屋に入ると暗いんだよな。暗い?重いんだよ。圧迫感がある。障子からの光は柔らかい。サイドライトが好きなのもその実体験からかも?いや、絶対そうだ。


ないものは撮れない。実体験していないものは撮れない。シャッターボタンを押せば撮れるんだけどそれは観光写真になってしまう。


朝飯を食べてじーちゃんのカブに乗って山を下り海に行ってひとりで泳いで昼過ぎに戻って昼飯をとってから縁側でじーちゃんと将棋をさして。山の水を引いた水道で冷やしたスイカを食べて、縁側からスイカの種をぺっぺっと飛ばし、何処まで飛ばせるかひとり競争。夕方になると蚊帳と蚊取り線香を出して。そんな毎日を夏休みの一ヶ月過ごした。夕立の匂いや雨上がりのアスファルトの照り返しの肌にまとわりつく湿気もその当時の記憶が鮮明に残っている。


こんな僕が撮る夏なんだからそんな夏の写真を撮るんだろう。当たり前の話だ。ただ撮れないんだよな。なかなかなかなか、なかなか思い通りには撮れない。撮れなかった。今年の夏は再チャレンジしたい。




20数年前カメラマンとしてモデル事務所で仕事を始めた。その頃の新人モデルはレッスンの必要性など殆ど知らなかった。今はこれだけ情報が溢れているからある程度認識しているみたいだが。


モデル、この定義は難しい。ただモデルとタレントは違う。


モデルはモノを宣伝するのが目的でタレントは名を売るのが目的、でいいか。んーー、いや、何故こんなことを書き始めたか?あのさ、ポージングできないのはいいけどポージングを覚える必要性を感じないモデル応募者が最近多い。まあ、僕の説明不足も原因だな。


ここの撮影会を始めたときに「僕がアマチュアだったらどんな撮影会に参加してみたいか」と考えた。スタジオライティングから外でのレフの使い方、モデルに対する撮影意図と伝え方、本では分からないもの。それとプロのモデルの素晴らしさ。撮影意図、硬いライトや柔らかいライト、ライトの位置で表情を変えてくれる。野外でも光は勿論だけど風や匂いを感じてくれる。それが写真に映る。そのときの情景を表現してくれるんだな。


もちろんスナップ写真という撮影方法もある。スナップなんだ。情景を切り取る。自然な写真。説明が難しいので簡単にすると演技するしないではなく作り上げる写真と作らない写真でいいかな。作らない写真がスナップ写真。じゃあポートレートは?だよね。まあわかりやすくするためにね。だから、写真には作り上げる写真と作らない写真がある、っていうことでどちらも写真です。あー、当たり前だね。


モデルはポージングができないと仕事にならない。んー、基本は。いや絶対。あ、でも。いや、モデル事務所は「この子はポージングできません」とは言えないよ。タレントはポージングできないてもいいです。カメラマンが教えてくれるから、ポージングというより演技だよね。そうタレントを撮影するカメラマンは演出家なんです。だから素人さんでも撮影出来ます。そうするとファッションカメラマンが演出してないか?って言えばそうではないんだけど。先日ヘムルート・ニュートンの映像を観たけどいっぱい注文していたし褒めていた。


こんなことを考えていたらモデルもタレントもポージング、平たく言えば演技だね、モデル演技?タレント演技?とでも言うのか身体で表現する方法は覚えた方が、あー、そうか、プロを目指している人は、ってことになるね。私には必要ない、って思うよね。


写真撮影が好きな人はレンズ選び、えー、標準レンズから望遠レンズ、広角レンズを使いたくなる。それはモデルにとって、この場合タレントも含めての話ね。モデルにとって服選びみたいなもんかな。他に絞りやシャッタースピードを意識したり、アングル、サイズ、ライティングを考えるのは上手くなりたい、綺麗に撮りたいから。それはモデルにとってのポージングだと思うよ。


ポージングって単に綺麗に見せる方法だと思っているかも知れませんが実は感情と直結しっているんです。表情作りって難しいと思っている人は頭の中だけでやって身体を使ってないからです。例えばね、左右対称のポーズは男性的に見えます。仁王立ちして、んー、腕組んで可愛く笑顔?いやー出来ない。じゃあ、足を閉じて両腕を脇にぶらり。その両手を股間あたりかな、合わせて。そのままお腹あたりに。次は胸の位置。で、頭上にばんざい。ハイ、もう一度、今度は手の位置と表情をリンクさせてやってみて。


ほら、表情が変わるでしょ?身体のパーツって置く位置で気持ちも変わるんです。じゃあ今度は鏡を持ってきて真っ直ぐ見てみましょう。次は顎ををひいて、次顎を上げて、表情変わった??じゃあさ、その鏡の距離を変えてみて。


たぶんね、顎の引き方上げ方も変わったでしょ?それが相手との距離感です。相手に届いている表情です。ポージングを意識するのは身体の美しさと人と人の関係の再確認だと僕は思います。美しさを知るっていうのはそのまた逆も知るってことでもありますけど。


最後に、こんなことを言っていますがポージングを教えない方がいいと思った子もいました。その子の個性を無くしてしまいそうな気がして。いつもは自由奔放なのにカメラの前に立つと照れて、ルックスもスタイルもモデルとして十分なのにそのままの姿がすごく魅力的な子でした。教えなかった?必要がなかったのか。あー、こんなこと言うと「私は魅力的だから(必要ないじゃん)」?いや、その子も本格的にモデルをしようとしたらちゃんとやる子、だと思うよ。何事も例外はある。