今日の面接者の志望動機・自己PRに書かれたあった文章。
たぶん、ここに応募する多くの女の子の応募理由だと思う。
今しかない、かぁ。…、今しかないね、今しか。外面もない面も、ね。
で、今しかない自分の何を撮りたいの?それを撮ることが出来る人ってのはだぁーーーれだ?
「ホームページに掲載して写真みたいに撮られたい。」
あの写真はすべて僕が撮ったもの。綺麗いに撮ろうとしたわけでなく、綺麗に感じたから撮ったんだ。
写真はね、撮り手が綺麗に感じたものが写っているんだから写真を見れば撮り手がわかる。わかんない?自分がいいな、って思えばそれでいいこと。その写真が多くあれば間違えはない、あなたの選択の仕方は合っている、と思う。身近に撮り手がいればいいんだろうけど、ん?いるじゃん、携帯カメラ持っている人。それじゃあダメ?身近に居なかったら、…他人しかいないな。他人に撮ってもらうんだったらしっかりとその人の写真を見ようよ。そこにあなたが写して欲しいものが入っていればほぼ間違えなく希望通りに写してくれるだろう。
写真ってのは今を記録するもの。立体を平面にコピーして出来たもの。でも、何故か撮り手によって印象が変わってしまう。それは空間と時間を平面にトリミングをするからなんだよ。単純に言えば、真正面と真横、上と下では違って見える。感情ってのは波のようにうねっていて、楽しいとき、楽しくないとき、何も考えていないとき、風が涼しく気持ちよく感じたとき、太陽がギラギラ眩しいなって夏を楽しく感じたとき、散歩している豆柴のしっぽが○○丸出しでかわいく感じたとき、そんなうねりの頂点を撮っているのが写真なんだ。でも、それは撮り手がその感情のうねりに気付かなかったら撮れないの。
掲載の写真は何なんだろう?
凪。
なんだろうか?「凪」なんて言葉、この写真には使ったことないけど今はそんな感じに見える。
ホレ、撮り手なんかいい加減だから。あ、僕がいい加減なんだな。
そうそう、最近はモデルに対してなーーんも指示出していない。外ではレフもしないし、そのまんま撮っている。モデルが良ければイイ写真が撮れる。何ミリで撮るだろうかだけ決めて、後はレンズを向けてノーファインダーでバシャバシャバシャ、いい加減だよなぁ。こんなの面接前の子が知ったら、どう思うよ。ヤベェー、明日面接の子はこのブログ見るだろうよ。でも、投稿しちゃうけど。
もともと、ホームページのページ数が増えたのも事前に分かった方がいいでしょ?ってことで書き始めたものだから、その為にお客さんが少なくなったけどね。そうだよ、写真ってのは誰でも撮れる。(まだ言っているか)
写真って正直だからカメラを見たらカメラを見ている写真、表情を止めようとしたら止まった写真、エセ笑顔はエセ笑顔、演技している写真は演技している写真、演技力を増して騙すか?所詮、他人が撮る写真だ。犬や猫みたいに正直に行動してくれない。ん?僕は何を撮ろうとしている?考えても無駄だから考えない、僕にとっての「捨置記」だからそのまんま撮っている。仕事は別としてね。んーー、「捨置記」って単純に無駄という意味じゃないけど、優先順位って意味も含まれているけどね。
今日の面接した子、「今しかない”私”」を撮ってあげたかった。外に出て渋谷の街でパシャパシャならすぐにでも撮れる。面接中にでも撮れる、「今しかない”私”」でしょ?何故、撮らなかったか?
言葉にならねぇーーーー。
って、何の話ししてたっけ?
そうだな、もっと写真をアップしないとな。言葉も。僕の伝え方が悪かったんだよな。ん?量が多過ぎて解り辛い?ごもっともだ。今日の子は悪いことしたな、でもカメラは殆ど人持っているから、それに自分でも撮ること出来るから、セルフポートレートね。何でもいいから残した方がいいよ、写真は熟成するからね。
さて、9日まで続く面接。フォーマットを崩しにかかった僕は、明日はどうなるんでしょう。
