昨夜は友人か何やら仕事関係で写真を撮るらしく撮影に関して相談された。
なーに怒ってるんだよぉー
と、僕が話していると合いの手みたいに言われた。
嬉しかったんだよ、今、シャシンのことを話したり考えたりする時間が一番楽しい。もちろん撮っているときも。
昨夜は去年の夏にやった上野から浦賀まで歩きながら撮影したことを話した。
山を登る、海に潜るはかっこいいけど平地を歩く、それも日常使っている道をただすたすら歩くってどうもかっこよく見えない。自分にとって未知の世界はかっこよく思えるのだろうか、隣の芝症候群。
自分の身近な人や物、みんな大切に思っている、そう言っている。でも、本当にそうだろうか。
僕が海外逃亡したくなったとき考え直したのは森山大道の「パリの写真はフランス人に任せておけ」だった。僕はまだ日本を撮ってなかった。今でも撮れてない。
こんなことも話した。
スピードを出すより止まる方がたいへんだ。二輪車、二人共にバイク好きなんだけど、バイクはゆっくり走ったり止まるとき、もちろん足を着かずに、それはとてもテクニックが必要になる。早く走ることも同じようにテクニックが必要だけど今の僕たちは止まることが出来る年齢ではないかと思う。若さは止まると倒れてしまう。でも、ある程度人生を歩んだ僕たちは止まって身近なものを見詰め直さなけれいけない。そのことがやっと出来る年齢なんだろう。
井の中の蛙 大海を知らず ただ空の青さを知る
青さ、んー、深さの方がよいか。知りたいね、空の深さ。
もっと撮らないといけないな。撮って 見て 考える その繰り返しだよ。
追記
ムンクは言葉とイメージを大切にした。ちくしょーぉ、日本語上手くなりてぇー。
