今回は金沢21世紀美術館と兼六園真弓坂口近くのホテルに泊まりました。
夜に美術館を散歩して屋外に展示されているオブジェを見て回りました。
オブジェが面白い😆
昼間にも行って、ちゃんと入館料も払って「スイミング・プール」にも入りましたよ。
また、兼六園は7時開園と知り開園と同時に入園して朝散歩。ほとんど貸し切り状態で気持ち良かった〜
暑くならないうちに、随身坂口から出て金沢神社にお参りしてホテルに戻りました。
一応療養中の身。
これでも頑張り過ぎないよう気をつけていました(ホントか?)😅
今回は金沢21世紀美術館と兼六園真弓坂口近くのホテルに泊まりました。
夜に美術館を散歩して屋外に展示されているオブジェを見て回りました。
オブジェが面白い😆
昼間にも行って、ちゃんと入館料も払って「スイミング・プール」にも入りましたよ。
また、兼六園は7時開園と知り開園と同時に入園して朝散歩。ほとんど貸し切り状態で気持ち良かった〜
暑くならないうちに、随身坂口から出て金沢神社にお参りしてホテルに戻りました。
一応療養中の身。
これでも頑張り過ぎないよう気をつけていました(ホントか?)😅
金沢の記事はもう少し続くのだけど
今回は体調のことを。
8月30日からアナストロゾールを服用。
9月2日〜9月4日帰省。
9月4日
起きると右目の瞼が腫れぼったい。
実は2日、3日とも久しぶりにアルコールを飲んだ。そのせい?
2日はグラスの生ビールを1杯。
3日は昼に生ビール(半分残した)夜にワインを1杯。たいした量ではないと思うんだけど😅
それから首の辺りが痒くなってた。
これはウィッグのせい。
暑いので一つに結んでいるのだけど、昨夜は髪を下ろして出かけたらウィッグの髪がチクチク触って不快だったんだよね。
9月5日
口の周りから首にかけて湿疹が出た。
でも色が変わらないので、触るとザラザラしているけど、見た目は湿疹があるとはわからない。痒みは思い出すように出る。
洗顔のあとの化粧水は着けず刺激を与えないようにしてみた。休職中で助かった〜
9月6日
唇の皮がむけて熱いものを食べると少ししみる。湿疹は変わらずにあるけど、範囲が広がることはない。
これはアナストロゾールの副作用なのか、帰省の疲れなのか。
アナストロゾールの服用ガイドには「気になる症状があらわれたときは、医師または薬剤師にすぐにご相談ください。」と書いてあったので、とりあえずクララに相談してみた。
クララは「注意すべき副作用には当てはまらないけど、気になるなら服用をやめてみてもいいと思う」とのこと。
なんだ、結局、私が決めるのか。。。😩
9月7日
昨日は服薬した後にクララに相談したので、薬を飲む、飲まないの判断は今日。
湿疹はかなり治ったので、アナストロゾールは服薬することに。
体調をみながら1日1日飲む、飲まないを決めることにした。
帰省の疲れか
薬の副作用か
復職のプレッシャーか
なんだか諸々重なってそう。。。
明後日は診察日。
それが今の希望だわ✨
金沢2泊3日の2日目に実家に行きました。
5月に行った時に両親に乳がんのことを話しそびれたので、今回はもう言わなくてもいいや、と決めて両親に会いました。
平日だったので、同居の弟家族は仕事で不在。両親と私の3人だけ。
9月1日が私の誕生日だったので、ケーキ🍰でお祝いしてくれる親心。
それなら!と調子に乗って歌もリクエスト。
86歳と84歳の親に手拍子つきで♪ハッピバースデイツーユー♪と歌わせる61歳の娘😆
弟家族がいたら恥ずかしくてできないけど3人なら。親も楽しそうだったので良かったかな〜と。
そんなハッピータイムを過ごした後に、弟がこの8月に「急性喉頭蓋(がい)炎」になり一週間程入院していたことを聞きました。
母が弟の病名を「喉頭がん」と聞き間違えたそうで「驚いた!」「心配した!」
と繰り返し話しました。
私は離れて暮らす高齢の親に乳がんのことを伝えなくて正解だったと思いました。
これが近くに住んでいたり、私の病状が悪ければ正直に伝えるのですが。。。
これはあくまでもウチの話。
弟達に今後も口止めをお願いするおねーちゃんです😅
両親と心配してくれている悪友に会うために復職前に慌てて帰省。
と言いながら、2泊3日の日程で実家に行くのは1日だけ😅
あとはフリータイム。羽をのばします〜。
まずは石川県立図書館に行きました。
圧巻の本の分類、閲覧のシステム。
知識に囲まれている気持ちになる。
図書館行きのバスが混んでいたので、美工大の学生さん達(図書館の向かいに大学があります)かと思ったら観光客。
みなさん写真を撮るのが目的。
本来の図書館利用の方は気が散るだろうなぁと思いつつ私も写真を撮りました。すみません🙇♀️
トイレの壁にこの一文↓が書かれたプレートがありました。さすが図書館。面白いなあ。
三四郎が驚いたのは、どんな本を借りても、きっと誰かが一度は眼を通していると云う事実を発見した時であった。
夏目漱石『三四郎』