2度目のコロノスコピーとその後
コロノスコピーの始まりは前回と同じ。着替えて移動ベッドの上にいると、先生、麻酔のお医者さん、看護師その他の人がやってきて書類にサインして説明を受け、IV(静脈注射 Intravenous Injection)のための針を刺されます。私の順番が回ってくるとコロノスコピーの部屋にベットごと運ばれ、麻酔が入れられるとすぐにノックアウト。目が覚めると、先生がやってきて、腸がくねくねしていてポリープがたくさんあって大変だった、ふつうは20分くらいだけれども90分くらいかかった、と愚痴を言われました。私を責めてはいなかったので(単なる愚痴)不快になるとかはありませんでしたが、そんなこと言うものですかしらね。90分もかかったことは気の毒だったなと思いました。先生の帰りも遅くなったと思います。結果として、ポリープが10以上もあって、1個以外は切った。その一個は持ち上げて切ろうとしたが切れなかった。がんの可能性もある。バイオプシー(生体組織診断)に回すとのこと。家に帰ってから結果報告書を読むと、ポリープの写真、サイズ、位置が詳しく書いてありました。問題のポリープにはへこみがあり、切ることはできなかったということです。位置は小腸にから上がってくる(ascending)ところ。2、3日後に病院から電話があって、がんだったと言われました。その後すぐに病院内でコロノスコピーの手術をする先生への記録の転送があり、手術の担当医が決められました。病院から予約しろと電話があり、手術担当医とのカウセリングの予約はすぐに済みました。それから、病院の別の人から電話があり、その日は金曜日でしたが、あなたに3日後の月曜日の予約が入っているからその手続きをしましょうと言われました。はあ、何の予約ですか?と聞くとラジオロジーだとのこと。なんで勝手に予約がされているわけ?と説目を求めようとしましたが、すぐに「がんだから選択の余地はないわね」と言って時間と場所をメモして終わり。後から考えると担当医がオーダーしたんでしょうね。月曜にCTを受けました。がんを知らせてくれた人は、すごく気を遣って話してくれていたのですが、私は特にショックを受けていませんでした。これは、主に年齢と家族の状況、そして人生観とそれまでやりたいことができていたかと性格によると思います。コロノスコピーの1,2か月前に皮膚がんの心配をしたのですが、その時にがんで死んだらどうしようともちろん思いました。そして結構OKかも、と思ったのです。長生きしすぎるとお金がなくなったり身体が痛かったり不自由になったり人に迷惑をかけたりたいへんだけど、余命2年とかだと準備もできるし、贅沢をできるし、子供にも遺産を多く残せるし。未練とか後悔はいつになってもあるだろうから、それはしょうがないいんじゃない。このように本人は平常心なのですが、話す相手の方がショックを受け、なんか変な会話になるのがちょっと困ります。