中高生の定期テストが近づくと
塾の講師としてはテスト対策におわれます。
生徒と二人三脚で何とか成績アップのお手伝いをしたい・・・
目標点に近づいて、小さな成功体験を積み上げていってほしい・・・
そしてテストが戻ってくると開口一番に
「どうだった?」
「平均点は?」
点数が気になるので当然といえば当然なのですが
何かザワザワしたものを感じるのです。
10代の多感で、エネルギーがたくさんある時期に,
数値化された成績ばかりに振り回されていていいのか・・・
そしてそれをお手伝いしている私がいる・・・
このジレンマが重くのしかかってきます。
Schoolの語源はギリシャ語の「スコレー」からきていて、
「スコレー」とは「余暇」の意味があるそうです。
えっ?
「学校」が「余暇」?
ギリシャ語の「余暇」とは、
働くことから免れた自由市民たちが三々五々集まって、
学問、音楽、体育などに明け暮れることで
その場所が英語のschoolになったのだそうです。
「学校」の語源は
「豊かで満ち足りた時間」だったんですね。
谷口たかひささん著の「シン・スタンダード」によると
なんと
デンマークでは
子どもにテストや通知表で点数をつけることが
禁止されているのだそうです。
「シン・スタンダード」からの抜粋です。
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そんなデンマークでは勉強が好きな子どもが多いと言われている。
ひょっとしたら、幸福度ランキングで頻繁に上位になることも
このことが影響しているのかもしれないとすら思う。
こんなことを言うと、
「いやいや、
成績は数値化することで競争意識が生まれ、
学力を伸ばすことができるんですよ。」
といった反論があるかもしれない。
しかし、
そんな発言を一刀両断するように、
国際学力調査でも、
デンマークは世界トップクラスという結果が出ている。
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「学校」がまさに「スコーレ」
いいですね~
谷口たかひささんは
「僕が日本の教育に対して違和感を抱くもう一つの大きな点は
『なんでも減点方式』だということだ。」
とおっしゃっています。
私も同感です。
学年が上がれば、
嫌いな科目や苦手な科目が出てきます。
誰しもオールマイティではないので当然です。
それを数値化されると
おのずと凹んだところに目が行ってしまいますよね。
「ココができてない!」
「あっ、ここももう少し・・・」
それって、かなり精神面に影響しませんか。
同じ成績を取っていても
できているところを見て
「私って、ここ、凄くない⁈」
と思っているのと
できていないところにフォーカスして
「私はここがダメなんだ・・・」
と思うのでは
自己肯定感が全く違ってきますよね。
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たった一つ
好きな教科や得意な教科があれば
それはもう「勉強が好き」と
胸を張って言ってももいいし、
「勉強が得意」と言ってよいのではないか
谷口たかひささん
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もちろん、できなかったところをしっかり見直すのって素晴らしいことです。
ただ、ご自身が苦手と思われるところにしか目がいていないのが心配なのです。
自分の「ここができてない」の見方は
周りの人の「ここができてない」にも反映していきます。
つまり、自分の素敵なところが見えなくなってしまい、
そして、周りの素敵なところも見えなくなってしまうんです。
せっかくみんな素敵なところをたくさん持っているのに
残念ですよね。
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自律して期待せず、良い部分だけ見つめて生きれば
全てのことに感謝できるのです。
加算法で生きることは
幸せに生きることと直結しています。
江原 啓之 作家
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減点法は
100点からダメだと思われるところを引いていきます。
ですからダメだと思われるところが見つかるたびに
だんだんと寂しくなりますよね。
それに対して加点法は
ゼロから素敵なところを足していきます。
素敵なところが見つかるたびにわくわく・・・
100点を超えてどんどん増えていきます。
ですから加点法は無限大!!!!
同じ事象であっても
とらえ方によって違うのです。
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誰でも非凡な才能を持っているし、
全ての人が美しいんだ。
自分がいったい何者なのか、
誰かに指摘してもらう必要のある人間なんて
一人もいない。
あなたは、そのままであなたなのだ。
ジョンレノン
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今日もお読みいただきありがとうございました。 明日もよろしくお願いいたします。![音譜](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/038.gif)