妹とメールをやりとりして、気になることがあった。
外国ものでミステリーではないおもしろい小説を紹介してくれ、という旨のメールを出したのだが、その返答がひどく丁寧かつまったく無駄がないような印象を受けた。
丁寧な文章にはかならず多少不必要な部分があって、私はかなり粗く読みとばす癖がある。
普通の丁寧な文章と妹の文章の違いが何なのかがわからなかったが、おそらくそれは、妹がコンテクストをよみきって言葉を選択できていて、普通の人は意外とできていないという違いなのではないかとおもう。
わかりやすさに寄与していたとしても、そのコンテクストで最終的に伝えるべき事柄に貢献しなければ、事例や形容詞や思想を引用することは邪魔になる可能性もあって、読みとばしても構わない、書かなくてもよい場合があるのだという気がしている。
実際そういった親切な言い回しが必要である場面もあるわけだが、必要かそうでないかを考慮されないことが多いのじゃないか。
妹の文章は無意識な考慮のもとにとてもすっきりしていて読んでいて心地好いのだった。
読んでいる本の偏りの影響もあるだろうが。
外国ものでミステリーではないおもしろい小説を紹介してくれ、という旨のメールを出したのだが、その返答がひどく丁寧かつまったく無駄がないような印象を受けた。
丁寧な文章にはかならず多少不必要な部分があって、私はかなり粗く読みとばす癖がある。
普通の丁寧な文章と妹の文章の違いが何なのかがわからなかったが、おそらくそれは、妹がコンテクストをよみきって言葉を選択できていて、普通の人は意外とできていないという違いなのではないかとおもう。
わかりやすさに寄与していたとしても、そのコンテクストで最終的に伝えるべき事柄に貢献しなければ、事例や形容詞や思想を引用することは邪魔になる可能性もあって、読みとばしても構わない、書かなくてもよい場合があるのだという気がしている。
実際そういった親切な言い回しが必要である場面もあるわけだが、必要かそうでないかを考慮されないことが多いのじゃないか。
妹の文章は無意識な考慮のもとにとてもすっきりしていて読んでいて心地好いのだった。
読んでいる本の偏りの影響もあるだろうが。