今日は8.15。
日本が敗戦を受け入れた日。
僕は、ブログやFacebook、また会う人にも政治的な話や民族的な話はしない。
それは、僕の中の正義が大きく反映するからだ。
でも、今日は8.15。
英霊達が国の為、家族の為に死んで言った「せんそう」が終わった日。
だからこの日だけはちょっとだけね。
昨日テレビでは、日本が、中国にいかに悪いことをしたかを中国で捕虜になった元日本兵が話してた。
「せんそう」は様々なドラマや思考が存在すると思う。
そして、歴史は、その時の権力者によって容易に塗り替えられる。
簡単に歴史は嘘で塗り替えられることを僕たちは、福島原発事故で知っているはずだ。
中国から帰還した日本兵捕虜は、悲しくも、自国を悪く言い、中国を褒める。
歴史をちゃんと調べて見ると、日本兵が行った捕虜の殺し方は全然違う。
彼が話していた殺し方は、中国軍のやり方なんだから。
痴漢などもそうだが冤罪になる人達は、やってもない罪を認めたら、楽になるから認めてしまう。
当時の捕虜達は、拷問に耐え、精神状態も極限だったはず。
悲しいかな、そこから抜け出したい為に、洗脳を受け入れる状況も仕方ないと思う。
彼らも今僕たちが安心して暮らせている今の日本の為の犠牲者なのかもしれない。
小野田少尉の話とか見るといかに今のテレビが嘘ばかりかわかる。
わからないけど、もし今戦争が起こってしまったらどうなんだろう。
憲法9条って本当に平和憲法なの?
アメリカの統治下にあった時にできた憲法って本当にこの国の為に作られた憲法なの?
僕はそういった「歴史」に大いに疑問を感じる。
平和憲法って言いだしたのは誰?
って言うように、今を見て過去を考えたときに沢山の矛盾が生まれると僕は思う。
沢山の人の犠牲のもとに、たくさんの人の想いのもとに今僕らは生きているんじゃないかな。
そんな僕たちのご先祖様に恥ずかしくない生き方を今しているのかな?
そんなことを毎年この8.15には考える。
オキナワで育ったからと言うのもあるのかもしれない。
だから僕は8.15は感謝をするようにしている。