私の座右の銘は

『何とでもなる』です。

少し前までは英語を教える人間らしく、横文字でカッコつけたりしてたのですが、しっくりいかなかったので、自分が心からそう思う事にしました。


『何とかなる』ではありません。
それだと、何か必死でやれば…的でヤだから、もっと気楽に、音符take it easy音符みたいな感じで、『何とでもなる』としました。


仕事でトラブル…何とでもなります。

友人とケンカを…何とでもなります。

しかし、これには大切な事がひとつあります。

何とでもなるので、逆に自分がどうしたいのかというビジョンと、それに向かう意志が必要です。軽い気持ちというのは、何もダラダラやるというのではなく、少々のトラブルや、失敗なんか、これからの行動で何とでもなるということです。


よく生徒には『できない言い訳を探さずに、できる方法を探せ』といいます。
大概の事は必ずできます。自分だけでは無理かもしれませんが、できます。
できないと決める、苦手と思い込むのは自分の心の弱い部分が大活躍しているから。だから、まずやりたい方向や、そうなりたい状況を決めて、あとはそうする方法を探すんです。しんどいとかはどーでもよくて、できるかどーかなんか更にどーでもよい。
大体、結果なんかどーなるかわからんのが普通やから、悩んでも仕方ない。結果はチャレンジしてはじめて出るもんだからね。


でも、人はあかん時はこの『言い訳』が多い。しかも、もっともらしく聞こえるから、タチが悪いよね。そんなときは、『あっ俺いま弱い心が大活躍中や』と思う事。できないのは、自分がハナから無理と諦めてるから。そりゃ、何ともならんわな。

今まで生きてきて、どーにもならん事は記憶にない。『お~耐えた~』みたいなんは、まあたまにあるガーン


新人の皆さん。失敗するのは今のうちドキドキ『出来ない言い訳』なんか100回言っても誰も助けてくれへんよ。大体やってないから助けようないし。『出来る方法』を探して下さい。スタートは『よし、これやるぞ。やると仮定して…』ですよ。そしたら、大概、何とでもなるんです。

のび太の担任。

いーことゆーぜ。

『なぜ人間は顔の前に目がついているか知っているか?前へ前へと進むためだ!』

理科の先生なら目のついている位置は、その種によって違う目的があるからだとしっている。

草食動物は危険からいち早く逃れるために視野ができるだけ広くなるよう、顔の横に目がついている。

肉食動物は獲物との距離を正しく認識するために、目が顔の前についている。

そんな自然の理などおかまいなしに目が顔の前についている理由を『前へ前へと進むため』と言い切る。
まさに、
『自然科学?しらねーな』
『ダーウィン?誰それ。そいつはえれぇのか?』的なノリだ。


もはや、教師というより哲学者だ。

あっ!そーいえば昔、偉い学者がこんなことを言ってたなぁ。
『取り敢えず結婚しなさい。もし、相手が良い妻なら君は幸せになれる。もし、相手が悪い妻なら、君は哲学者になれる。』

てことは、のび太の担任の妻は悪妻?
おー新事実!!


て、バカな妄想してる場合じゃないな。
昨日のmixiNEWSに『男子が喜ぶツンデレ』という記事があった。

それを見て、三年前の夏の事を思い出した。


夏期休暇を利用して、友人と三人で『終戦記念日に靖国神社へ行こう』イベントをした。
ついでに秋葉原でメイドカフェを体験してみようというプチ悪ふざけをしてみた。


今でこそツンデレなる言葉は市民権を得ているが、その頃の我々では知るよしもなく、無知なまま入ってしまった。


私『これください。』とメニューを指差す。
メイドさん『えー。これじゃ、わかんなーいシラー

ん?何でコイツはタメ口やねん。そもそもおかえりなさい、ご主人様的な決まり文句は?ちっ、まあいーや。

私『あっ、このアイスコーヒーを。』
メイドさん『え?聞こえなーいシラー

おっ、こいつなめてるな。客に対する態度のわるさに思わず『あ?何やねん』
といっちゃったにひひ

物を知らないというのは罪ですね。数日後、テレビで正にその店が『ツンデレ』で紹介されていました。

あの時のメイドさんはきっと、怖い関西弁の人がきたと思っただろうね。
ごめんね。『なごみ』のメイドさん。あのときは無知なばかりに理不尽な態度をとってしまって。

あれから、メイドカフェには行ってません。人生で最初で最後の経験でした。